Endroll.

世界っていうものは必ず終焉に向かって転がっている。そういうものだと私は信じている。じゃないと、この悲しみはきっと誤魔化すことができないから。私はそっと目を閉じる。そして思う。戦争で死んだ姉さんのことを。笑っていた、あの日の姉さんの顔を。姉さんは軍の研究所の研究者だった。とても頭がよく、私の自慢の姉だった。私たちの両親は早くに戦争で死んだため、私たちはいつも二人で生きてきた。家のない私たちには毎日が拷問のようにつらかった。それでもめげずに生きてきた。

ある時、姉さんが警察につかまりそうになったことがあった。警察といってもちゃんとは機能してないにきまっていて、ただ家のない私たちを痛めつけるのが目的で姉さんをつかまえようとしたのだ。私は怖くて声も出せず、その場にうずくまることしかできなかった。そんな時に、イリスさんに出会った。彼は大学の学生で、殴られそうになっていた姉さんをかばって助けてくれたのだ。姉さんと動けなかった私までかついで彼は自分の家まで通してくれた。そして、それからはイリスさんの家でお世話になっている。

姉さんはそれからイリスさんの下で猛勉強をし、学生になり、研究者となった。私はそんな才能も頭もよくはなかったので働きに出た。三人はそんな風に暮らしていた。決して裕福とは言えなかったけど、それでも幸せだった。ずっと三人でいられると思っていた。そしていつしか姉さんはイリスさんに惹かれていった。イリスさんも姉さんに惹かれていったようだった。二人は結婚した。姉さんとイリスさんはとても、とても幸せそうだった。私も、幸せだった。本当に、幸せだった。(少しだけ、ほんの少しだけ嘘が入っているけれど)でもそんな幸せ、長く続くはずがなかった。その証拠に、一週間前に姉さんは、

 

死んだ。

 

敵国の軍が姉さんのいた研究所を爆破して、あっけなく姉さんは死んだ。遺体も骨が少しだけしか原型をとどめていなかった。家に、軍から慰謝料と姉さんの骨だけが来た。軍人が届けに来たのだ。私はただ呆然とした。なんで死んだの、ではなく姉さんが死んだ?といった心情だった。嘘だと、思いたかった。

あれからイリスさんはおかしくなった。急に癇癪を起こすようになり、家のものを破壊するようになった。時には私にきつく当たった。私はそれに耐えた。だって、私は彼が好きだったから。姉さんがイリスさんを愛したように、私も彼を愛していたから。心が折れそうだったけれど、私は耐えた。彼の悲しみを受け入れようと思った。同じ悲しみを共有しているのだから、それは可能だと思った。でも、それは出来なかった。昨日彼を起こしに行ったら、彼は自室で首をつっていたのだから。

遺書はなかった。でも、姉さんと二人で写った写真を握りしめて死んでいた。私は一人ぼっちになった。

イリスさんの遺体を見た瞬間に私の世界は終焉を迎えた気がした。愛していた人さえ、死んでしまった。

私は一人では生きてゆけないのに。これからどうしろと言うのだろうか。神様は、私が嫌いなのだろうか。とにかく涙が堰を切ったようにあふれ出して、止まりそうになかった。

そろそろ貯金していたわずかなお金もそこをつく。ああ、私も彼と同じように死んでしまおうかな。(そうしたら、二人に会えるだろうか。前みたいに三人で仲良く笑っていられるだろうか)私は完全に生きる理由と希望を消失していた。自分でも、なぜこんなにも生に対して無関心になってしまったのか分からなかった。ついこの前までは生きていたいと思っていたのに。は開いていたアルバムを閉じて、リュックにいれた。そう、私は家を出るのだ。家賃を払うお金もないし、これ以上幸せだった時の思い出があるここには住みたくないと思ったからだ。朝を知らせる小鳥の声を耳で聞いて、私は家を出た。朝焼けが私を照らした。ああ、いっそのことこの光で私の身体を燃やしつくしてしまえばいいのに。そうしたら私は、この悲しみから解放されるのに。涙が、枯れるくらい流したと思っていたのにまた流れそうになった。

「っ、ねえ、さん(イリス、さん)」

涙が流れた頬を強引にこすり、私は歩きだそうとした。刹那、

 

ドォンッ

 

丘の向こうの街から大砲で撃ったような音が聞こえた。まさか、またここにも爆撃が来るのか?一週間前と同じように。姉さんが、死んだあの時のように。

とにかく早く街から逃げ出さなければいけない。下手をしたらこちらまで爆撃がやってくる。私は一心不乱に走り出した。草原をかきわけ、転びそうになりながら走る。走る。走る。後ろでドン、ドン、ドン、と大砲の撃つ音がまた聞こえていた。私はとにかく走る。そしてその途中で私はやっぱり死にたくないんだなぁと思う(結局私だって醜い人間なんだ)。

「はあ、はあ、はあっ、はあ、」

とりあえず街からは結構離れたので一回とまり、息を整えることにした。

深呼吸を何回も繰り返して、心を落ち着かせる。大丈夫、ここまでくれば爆撃は当分来ない。

 

「何やってんの、あんた」

 

不意に私の頭上から声が降ってきた。私は驚いて慌てて上を向く。

そこにいたのは華奢な少年だった。年は私と同じくらいで、長い前髪を右わけにしている。深い茶色の髪の毛も全体的に長い。セミロングの上、といったところだろうか。目は漆黒で透き通ってるような印象を受ける。つまり、まとめてしまえば顔が整っているということだ。

 

「ば、爆撃から、逃げてきたんです」

私は息も絶え絶えに言う。目の前の少年は特に興味もなさそうにふうん、と返す。私はそれを見て驚いた。

「爆撃が、怖くないんですか?」

だからこんな質問をしてしまった。すると彼は

「別に怖いものじゃないじゃん、アレ。壊そうと思えばいつでも壊せるし、でかい割にあれは命中率が悪いから簡単によけられるしね」

と、漠然に答えた。私は唖然とする。

「こ、壊せるもの、なんですか?」

「壊せるよ。ネジの部分全部破壊しちゃえば動くもクソもないよ。分解しちゃえばいいんだよ、ああいうのはさ」

そういって彼はつまらなさそうに街の方を見て、そのあとに私を見た。

丁度目が合って気まずくなる。私は話を変えようと話題を振った。

「私、ニーナ・エンドニクスっていいます。えっと、あなたは?」

「キール。キール・ロスタージー」

「キール、さんですね。キールさんはどこへ向かわれているのですか?」

私がそう聞くと、キールさんはふっと笑って言った。

「あの爆撃されてる街だよ。人を殺しに行くんだ」

「え、?」

まるで日常会話のように殺すと言ったから、私は呆然とした。この人はいま、何と言った?

「あれ、聞いたことない?大量殺人鬼のキール・ロスタージーって」

笑ってキールさんは言う。まるでこの状況を楽しんでいるようだった。

「ま、まさ、か・・・あの、?」

彼はどうやらあの(・・)キール・ロスタージーらしい。あの、というのは殺人鬼を指している。

動機もないのに人を無差別に殺し、警官さえ殺し、今だに賞金首として指名手配されている大量殺人者。

そのキール・ロスタージーが、今私の目の前に、いるというのだ。

「な、なんで、そ、そんなっ、とこ、に、行くん、ですか?」

怖くて声が震えた。当たり前だ。目の前にいとも容易く人を殺してしまう人がいるのだから。

「だーかーらー、人を殺しに行くって言ったの、聞こえなかったの?」

馬鹿にしたように嘲笑を含んだもの言いに私はむっとしたが、それどころではなかった。

私はとうとう動けなくなる。ああ、このまま殺されるのかな私。こわい、よ。

「ははっ、あんた完全にビビっちゃってるね。見てて笑える」

そう言って私に銃を向けた。カチ、と安全装置をはずす音がした。私は怖くてぶるぶると震えた。

「ひっ」

そして、彼は私の頭に銃を当てて、

 

「ばあんっ」

 

かたく閉じた目を恐る恐る開いた。私はまだ、生きていた。心臓がどくどくと音をたてる。

上を見上げると、そこには悪戯っぽく笑ったキールさんがいた。私はおびえる。

「どう、びっくりしたでしょ?」

「あ、当たり前じゃないですか!!」

私が大きな声でそう言うと、キールさんは何やら考え込んで、それから口を開いた。

「俺さ、今あんたを殺そうと思ってたんだよね。でも、気が変わった。

あんた見たところ家出人か家のない人間だろ?家族もいなさそうだし・・・、そうだ。

俺のパシリになってよ。そしたら生かしといてあげる」

「・・・はい?」

彼のいきなりの提案に私は素っ頓狂な声しか出せなかった。なぜ殺すところからパシリになれと言われているのか見当もつかなかったからだ。彼は続ける。

「最近は俺も顔が知られちゃってさぁ、宿も満足に泊まれないんだよね。

自分で泊めて下さいなんて言いに行ったら即バレるし、弾を補給するにもいちいち軍の補給庫襲ってたらめんどくさいじゃん?だからさ、あんたがこれから俺の世話・買い物をしてくんない?って言ってんの。悪くない条件だと思うよ?金なんて人襲えばいくらでも手に入るし、暗い夜道を歩いててもこーんなに強い俺がついてるんだから襲われる心配もないしね。どう、いい条件だと思わない?」

丘の向こうでは爆撃が行われているというのに、なんとも空気の読めてない話をしている気がする。

彼はどうやら私を騙したり、とかそういうことを考えていないらしく、純粋に条件を提示してきたらしい。

「あ、あの」

「ん?」

「もし断ったら、本当に殺されちゃうんですか?私・・・」

一番聞きにくいことを恐る恐る聞くと、彼はさぞ簡単なことのように

「うん」

と答えた。最早これは脅しのような気がしてきた。

華奢でクールな外見の割に中身は大分子供っぽい人のようだ。大体は自分のことしか考えていないらしい。

まぁ、大量殺人鬼と謳われるくらいなのだからしょうがないのだろうか・・・。

「で、どうすんの?」

彼はその漆黒の瞳を私に向ける。まるで心を見透かされているような感覚を受ける。

「わ、私は・・・」

「早くしてよ」

「ほ、本当に守ってくれるんですか?・・・その、夜道、とか」

「だから、そうだって言ってんじゃん。あんた耳ついてんの?」

苛ついたように彼は私に言った。私はびくりとする。怖くて泣きそうになる。

「いいえって言ったら殺されるってわかってるのに、いいえなんて言えるわけないじゃない・・・」

「そうだね」

彼は今だに私を見続けている。その瞳は、私の選択を待っているかのようだった。

生きて彼に服従するか、このまま殺されてしまうか。

私は、

「わかり、ました。あなたのパシリにでも下僕でもしもべでもなんでもなります。

でも、ひとつ、約束してくれませんか?」

「何?」

「わ、わたしのこと、裏切らないで、ください」

これから私の主人になる人になんてことを言っているのだろうなぁ、と心の奥底で思う。

パシリや下僕やしもべは主人に裏切られるためにあるようなものなのだ。それを裏切らないでください、なんて我儘な約束にも程がある。きっと彼は、断るのだろうな。

「・・・分かった。これから俺はあんただけは裏切らない」

「え―――――、」

彼は、絶対に断ると、思っていたのだ。なのに、なのに彼は、大量殺人鬼の彼は、

私を裏切らないと、約束してくれた。

たったそれだけのことで、私は言いようのないくらい嬉しくなった。

「なに、この答えじゃ不服なわけ?」

彼は私がてっきり不満をもらしていると思ったのだろう、そう言ってきた。本当は、逆なのに。

「ち、ちが、・・・、その、う、嬉しくって・・・」

そう言った瞬間に、涙が一筋ほろりと流れた。今までにたくさん流してきた涙。それら全ては、悲しみで構成されていた。でも、この涙だけは、違う。違うんだ。

「・・・そう。じゃあ、行くよ」

「お、丘の向こうの街にですか!?」

私が焦ったように答えると、彼は本当におかしそうに笑って言った。

「ちがうよ。これから、山登ろうとしてたんでしょ?」

「え、は、はい」

「じゃあ、これから山越えだね。ほら、パシリなんだから僕の荷物持ってよ」

そう言って彼は自分の荷物を差し出す。結構大きなショルダーバックだ。私はそれを肩にかける。

私がかけたのを確認して、彼は歩きだした。大量殺人鬼と呼ばれ忌み嫌われている彼。

私はでも、彼はとても優しい人だと思ったのだ。だから私も歩き出す。

世界の終焉へと。

 

 

(090811)(殺人者とそのパシリの邂逅のお話)