いよいよ、合宿最終日。

祐巳は、よく勉強できたな、と自己評価した。

もっとも、祥子さまの別荘では、少し宿題をしただけで、あとは遊び倒したので、

プラスマイナスゼロといったところだ。

海で、泳いだら、お部屋を皆で掃除した。

 

 

おばあさまが、別れを惜しんでくれた。ひとりになって、明日からさみしいのではないかと、

心配したら、菜々ちゃんのおねえさんが、入れ替わりに来る、という。四人姉妹で

持ち回りでお世話をするらしい。

合宿中、食事私達が作ったものを、お部屋に持っていって召し上がっていただいた。

私達が、台所を占拠していたからではあるが。

おばあさまは、特に志摩子さんの料理をお気に入りになり、もう食べられないのか、と

残念がっていた。菜々ちゃんは、それを聞いて驚いていた。味に関しては、無頓着で

楽ではあるが、やりがいもない人だと、思ってたからだ。

おばあさまは、味だけではなく、歯ごたえが、絶妙なのだという。四姉妹のつくる、

それは固すぎるか、年寄りむけに、柔らかすぎるかの、いずれかだという。

せっかく、作ってくれたものに、文句をつけたくはなかったので、黙っていたという。

志摩子さんに聞くと、私は家でいつも作っているようにしただけよ、と返ってきた。

ごく、たまにお手伝いをする祐巳と、今回はサラダしか作っていない由乃さんは、

うつむいた。菜々ちゃんは、志摩子さんに隠し包丁の仕方を教わりメモしていた。

夕方来る姉に、引き継ぐ時、渡すのだという。この子は良い薔薇さまになるな、と

祐巳は思った。

 

「さ、何してるの。早く荷物を、積み込みなさい」

祥子お姉さまが、そういうと近くにいた全員が凍り付いた。

「あ、令さま、お手伝いいたします」

祐巳が、荷物に手を伸ばすと、往路の犠牲者は剣道で鍛えた反射神経で、

バッグを胸に抱えて、死守した。

「わ、私は、由乃と一緒に帰るからっ!由乃が心配だからっ!」涙目である。

「じゃ、由乃さん」今度は手が届いたが、相手もがっちりつかんでいて離さない。

そのまま、相撲か、柔道の組み手のように、双方、力を入れてしばらく争った。

「往生際悪いわよ。祥子さまが声をかけたのは、祐巳さんと瞳子ちゃんよ」

親友は、ニヤリと笑って最終宣告をした。

ああ、やっぱり、そうなのか。こっち向いて言ってたもんなあ。

楽しかった合宿の日々が、走馬灯のように、祐巳の頭の中をかけ巡った。

「ん?」

気がつくと、妹がいない。

見回すと、完全に足音と気配を消して、門から一人、出て行く姿が見えた。

「瞳子ー!!」

(私は、乃梨子ちゃんか)と一人つっこみしながら、追いかけた。

妹も同時に、ダッシュしたが、姉が走る事に関してはグレードアップしていることを

知らなかった。祐巳は、去年の体育祭で、可南子ちゃんの走りを目の前で見た。

力まずに、一歩一歩を大きく、脚を前に投げ出すように。

もともと、祐巳がショートパンツなのに、妹のほうは裾の長いワンピースだったので勝負にならなかった。

祐巳は、妹を引きずって帰りながら、説得をした。

「あきらめなさい。これは祥子お姉さまの、リベンジなのよ。

わざわざ後から来て私達の退路を絶ったんだわ」

「どうして、そんなのに、いちいち、つきあわなきゃいけないんですかっ」

「今日、逃げても、また仕掛けてくるわよ。校門のところで、あら偶然ね、とか言って待ち伏せされても、いいの?」

「うう〜」

肩を抱かれた縦ロールの少女は、観念した。

 

(やっぱり、祥子さまは柏木さんのいとこなんだなあ)

祐巳は実感した。

ただ、柏木さんは、あまり他の車が走っていない山道でのみスイッチが入ったが、

祥子さまは、ハンドルを握ると、スイッチが入った。あとは、入りっぱなしである。

まだ、技術が追いついていないので、ふだんのスピードは大したことはないのだが、

とにかく、負けず嫌いなのか、前に少しでも遅い車がいれば、強引に追い越そうと

する。そのくせ、信号の変わり目など、変に優柔不断で、交差点の真ん中で何度も

クラクションをならされた。祐巳は、助手席から周りの車に、何度も頭を下げた。

圧巻は、二十メーターはあろうかというトレーラーに追い越しをかけたときだ。

大きいので、遅いようにみえるが、制限速度はでている。

なかなか前方へ出れないまま、平行して走っていると、対向車がきた。

(お父さん、お母さん、祐麒っ)ああ、もっと優しくしとくんだった。

目を開けると、奇跡的に衝突は回避していた。さすがに肝が冷えたのか、

その後の運転は、少しだけ慎重になった。

 

(家に帰るまでが、合宿なんですよ)

祐巳は、先生の言葉を、思い出していた。

(あれ、結局バナナはおやつに、入るんだっけ?)