「お姉さまの運転で別荘まで行くゥ!?」

「そうよ」祥子お姉さまは、美しい眉をひそめた。

この世の終わりみたいな顔するの、おやめなさい。」

そのまま、すねたように横を向いてしまう

「免許取って、半年経つのよ。ベテランなのよ」

(いや、それは違うだろう。)

祐巳はここ、ひいては駄目だと、 がんばった。

「でっ、でも車酔いは胸に両手を揃えて訴える。

「薬飲んだら、居眠り運転ですよ

お姉さまは、頬に手をそえ振り向いた。

「自分で運転すると酔わないのよねえ」

海外行くときも、自分でジェット操縦したいくらいだわ、とお姫さまは不満そうに言った

瞳子は、優お兄さまの車でまいりますから」

それまで後ろで控えていた縦ロールの少女が、目をそらすようにつぶやいた。

「どうぞ、姉妹水入らずで」

「ズルイっ!!祐巳は思わず叫ん

「あなたも妹でしょー」

「つくづく失礼よねえ、あなた達」

さすがに、ニ対一では不利だと思ったのか、祥子お姉さまは苦笑しながら、

譲歩案をだしてきた。

「じゃあ、私たち全員、優さんの車で別荘まで行く。それならいい?」

松井さんには、休暇あげたいのよ。

お姉様はそこにいない運転手さんの顔を思い浮かべるように言った。

祐巳も後部座席から見える優しそうな横顔を思い出していた。

あれ以来、小笠原家にお邪魔したとき、会釈したぐらいでお話していない。

たいてい車を洗っている時だったから。

そうか、今年は一緒じゃないのか。少し残念に感じたが、祐巳は思い直した。

キヨさんや、源助さんにはまた会える!

いっぱいお話しよう。祥子お姉さまの小さい頃のこと、こっそり聞いてみよう。

それになにより、今年は瞳子も一緒だ。

車の中で三人でおしゃべり楽しいだろうなあ、と祐巳がすっかり旅行モードになっていると、

その瞳子は、だまされるものかというように、まなじりをあげて最年長者を問いつめた。

「隙をみて、運転交替なされるおつもりなんじゃありませんか?」

「……チッ」

(!)

祐巳は妹の言葉より、その後聞こえた音に驚いた。

(お姉さまが舌打ちを?)

そういえばリリアン女子大に進まれてから祥子さまは、聖さまとよく一緒におられるようだ。

気心の知れた先輩がいるというのは、たしかに安心だろうけれど。

(下品になられたらイヤだなあ)

祥子さまは反発しているようでいて、聖さまの影響を結構受けてしまうのだ。

(ローマ饅頭にフィレンツェ煎餅だもんなあ)

そんな心配も、妹の次の言葉で、祐巳はすっかり忘れてしまった。

「私、もう、一人だけ生き残るの嫌ですからねっ」

 

ちなみに、別荘までの、柏木さんの運転はたいそう乱暴だった。

以前、瞳子におどされてはいたが、それから何度も(不本意ながら)乗ったことがある。

あれぐらいなら大丈夫だと祐巳は、高をくくっていた。

実際、途中の高速道路までは、まあ普通だった。

ところが、別荘まで続く山道(とはいえ舗装はされている)に入る頃、

「そろそろですよ」

と瞳子は緊張した面もちで、助手席の窓の上の吊革のような取っ手につかまった。

「へ?」

祐巳は、柏木さんの横顔をのぞきこんだ。初めて見る表情だった。

いつものにやけた顔でも、後輩を叱る厳しい顔でも、デッサン用の彫像のようでも

なかった。

目をキラキラさせて、面白いオモチャを前にした子供のような楽しそうな顔だった。

実際、幼く見えた。

「こういう道に来るとスイッチ入っちゃうんですよね」

うんざりしたように、瞳子は顔をしかめた。頭をシートから浮かせ、腕でガードする。

少しでも縦ロールをくずしたくないらしい。

祐巳は、右に左に揺さぶられながら、薬で寝入っているお姉さまの体を支えていた。

不思議と酔わなかった。

祐巳は、柏木さんの新しい一面を知り、それに感動している自分に困惑していたのだ。

 

別荘での休暇は期待以上に、楽しかった。

お姉さまと瞳子と三人で昼寝やゲームをしたり、

瞳子とソフトクリームをなめながら、ウィンドウショッピングをした。

柏木さんの指導で祐巳は初めて乗馬体験をした。

西園寺家の曾祖母さまのお誕生日会も、参加した。

今年は主賓の威光で、友好的な雰囲気の中、

お姉さまのピアノ、瞳子のバイオリンの伴奏で祐巳はまた唄った。

不思議なのは、西園寺、京極、綾小路の三人娘が、

柏木さんが来るなりパーティー会場から姿を消した事だ。

母は、今年は魚沼産コシヒカリを20Kg送ってきた。

 

心地よい疲労感とともに、帰路についた。

まず、祥子さまを送り届け祐巳の家へ向かう途中、

柏木さんに眠気覚ましのつもりで話しかけた。

「祥子さま、運転交替するって最後までおっしゃらなかったですね、

私、別荘地の中では運転なされると思ってました」

「そりゃ、さっちゃんは免許持ってないからね」

「えっ」じゃ半年前、印籠のように見せられたアレは何だ。偽造か。

小笠原家の財力なら簡単にできそうだけど。

「さっちゃんの免許はAT限定だからね」

柏木さんはギアをチェンジしながら言った。

「何度も、横に乗ってるのに気付いていなかったんだね。

別荘に出発する朝、あ然としていたよ」

祐巳は、軽い寝息をたてる妹をながめ、

(瞳子の策略?)と疑った。

そして、負けず嫌いなお姉さまなら、また教習所に通い始めるのではないかと心配になった。