「紅薔薇の伝統ですか?」

「そう、あらたに紅薔薇の妹になるものに課せられた不文律よ」

黄薔薇さまは、鼻息も荒く、そう言い切られた。

「そう言われても、もうロザリオ受け取っちゃったんですが」

「だめよ、差し出されたロザリオを一度は拒絶する。それが例よ」

じゃあ、一度、ロザリオを返すんですか?そんなの、紅薔薇革命になりますよ?

「お黙りなさい!ロサキネンシスアンゥトンプチスール

お姉さまに、頭を押さえ込まれた。お姉さまも一緒に並んで黄薔薇さまに頭を下げる。

「申し訳ありません。よく言ってきかせますので」

90度近く、頭を下げても、ドリル縦ロールの先端は、正しく床方向を指したままだった。

「…いいわよ、そんなに反抗されたわけじゃないんだし」

お姉さまの勢いに、むしろ、黄薔薇さまは、気圧されていた。

 

上級生には、口答えをしてはいけない、という不文律もあるらしい。

(意外と体育会系なんだなあ)

ロサキネンシスアンブゥトンプチスールは頭を下げたまま思った。

(乃梨姉ちゃん、よく勤まっているよなあ)

姉は頑固なようでいて、案外、要領もいいのかもしれない。

「あの、お姉さま、そろそろ手をはずしてもらえませんか」

「ああ、ごめん」

お姉さまは、頭を押さえながら、ずっとマッサージをするように、手をわきわきと動かしていた。

機会があるたびに、なにかと髪に触れてくる。

ご自分の縦ロールもよく、いじっておられるので、一種の愛情表現なのだろう。

私自身は、そうやって触れられる事がけっして嫌ではなかった。

私、こと、ロサキネンシスアンブゥトンプチスールは周りを見回した。

今、薔薇の館の住人は、総勢七人。

薔薇さま三人、つぼみが三人、つぼみの妹がこの私ひとりだ。

学年別でいうと、三年生三人、二年生ふたり、一年生ふたりとバランスのとれた布陣だといえる。

そして、一番新入りで、立場的にも、つぼみの妹の私は、雑用などを、率先してやらなければならない…らしい。

実際にギャーギャー文句をいうのは姉とお姉さまの、ふたりだけで、

紅薔薇さまなどは、無理しなくてもいいのよと、いつも言って下さる。

お姉さまの、お姉さまである福沢祐巳さまに私はすぐ夢中になった。

初めは、お姉さまが嫉妬なされるかと、心配したが、お姉さまはご自分のお姉さまが

自慢らしく、私が好意を示すのを歓迎すらした。

三人はお互いがお互いをそれぞれ大好きという、とても、良い関係になった。

が、他の色の薔薇はそうでもないようだ。

さっき、因縁(?)をつけてきた黄薔薇さまなど、お姉さまのお姉さまとは、犬猿の仲らしいし、

乃梨姉ちゃんも、志摩子さんのお姉さまの事では、よく文句を言っていた。

(あだ名がどうの、とか詳しくは怖くて、とてもきけなかった)

その佐藤聖さまは、実際にお会いすると、すごく素敵な人だったのでビックリした。

その日は、校庭から、リリアン女子大につながる並木道をひとりで歩いていて、

うしろから、いきなり抱きつかれたのだった。

ははあ、また乃梨姉ちゃんと間違えられてるんだなと、推測できた。

それだけ親しい間柄なら、とりあえず同じことをするのが無難かなと思い、

振り返って抱きしめ返したら、顔を真っ赤にして不思議がられた。

…どうやら、対応を間違えたらしい。

きれいな顔は好みだったのに、残念だった。

 

「…そうか、君たち量産型だったんだ」

「はい、でも、紅色の分だけ、私のほうが三倍強いんですよ? ドリル専用です!」

 

さて、私は一応、紅薔薇ファミリーに属しているのだが、白薔薇ファミリーとも、微妙な位置関係にある。

なにしろ、白薔薇のつぼみは、血を分けた実姉であるし、白薔薇さまも中学の時からの知り合いで、

姉にならって、志摩子さん、志摩子さんと、まとわりついていた。

志摩子さんは、両側から腕を抱かれて、とても幸せそうだった。

けれど、薔薇の館では、絶対そういう真似はできない。

その辺りの、けじめは、キチンとつけなければならない。

その事は本能的に気づいていた。

自然と白薔薇からは距離をとるようになり、その分、黄薔薇のつぼみである菜々さんと仲良くなった。

同じ学年という気安さから、いろんな話をいっぱいした。

さっぱりとした性格でクラスメイトのお嬢様たちよりかは、よほど話があった。

ともに、実の姉がいることから姉にたいするグチを言い合っていたら、クラスメイトから注意された。

お姉さまの悪口を言うなんて、もってのほかだと。

ふたり顔を見合わせ苦笑した。

「まだまだ、リリアンには驚かされるわ〜」

「そうだね、私は中等部からだけど、いまだに新発見があるもん」

「これからも、いろいろと教えてね、菜々さん」

「わかったわ、ロサキネンシスアンブゥトンプチスール」

 

「ただいま」

下宿先であるマンションの扉を開く。乃梨姉ちゃんは用事があったので、私ひとりだ。

「おかえり、ええっと…」

大家であり、大叔母である菫子さんは、珍しく私より先に帰宅していた。

「わかった!ロサキネンシスアンブゥトンプチスールだ!」

「当ったり〜」

大叔母は、下宿当初は完璧に、姉妹を見分けていたのに、最近になってあやしくなってきた。

ボケが始まったわけではない。

一ヶ月以上、通学し、それなりに貫禄のでてきた私の制服が、乃梨姉ちゃんのそれと、

あまり変わらなくなってきたのだ。

自分でも、入学式の頃の、制服に着られてます感は薄れ、体になじんできたように思う。

そして、制服だけではなく、教室と薔薇の館で過ごす、密度の濃い時間が私をすっかりと、リリアン生に変えた。

スカートのプリーツを乱さぬように、セーラーカラーをひるがえさないように、歩くこともおぼえた。

もう自然と「ごきげんよう」と、口に出る。

…いまだに、慣れないのは、いや今後も無理だと思えるのは、乃梨ねえちゃんのことを「乃梨子さま」と呼ぶことだ。

一度、試してみたら、二人とも背中が、かゆくなって身もだえた。

だから私は、乃梨姉ちゃんのことを「ロサギガンティアアンブゥトン」と呼ぶ。

乃梨姉ちゃんは、私のことを「ロサキネンシスアンブゥトンプチスール」と呼ぶのだ。

…ひとりしか、いないんだから「プチスール」でいいんじゃないかと言ったら(長いし)、

「あんたは私に、妹を作らせないつもりか」と叱られた。

 

後で知ったことだが、落語研究部が、私をねたにした噺をつくったらしい。

それは、私がプールにはまり、菜々さんが助けを呼びにいくというものだが、

「大変です!ロサキネンシスアンブゥトンプチスールが、プールに落ちてしまいました!」

「なんですって!?ロサキネンシシスアンブゥトンプチスールがプールに落ちたですって?」

とか、言っているうちに溺れてしまう、というヒドイおちだった。

 

だって、私は、乃梨姉ちゃんと違って、ちゃんと泳げるのだから!!