いくら地球温暖化が進んでいても、十月もなかばをすぎると肌寒くなってくる。

福沢家でも、本格的に夏冬物を入れ替えることにした。

日曜日だったので、祐巳は母とともに、和室の押入のまえに座って整理をした。

祐麒は、リビングのソファに座っているのが見えた。

母が手伝うように言わないのは、受験勉強をしているからだけではなく、祐麒の服が

そもそも、押入にはあまりはいっていないからだ。自室のクローゼットにはまだ余裕がある。

(男の子は簡単でいいな)

祐巳もそれほどおしゃれに熱心なほうではないが、18歳ともなれば、衣類もそれなりの量になった。

今、出した冬物も二階の自室に、持っていかねばならない。

(その時は、祐麒に手伝ってもらおう)

弟は、ぶつくさ言いながらも、手伝ってくれるに違いない。

(あ)

祐麒のことを考えていたせいか、弟ゆかりの品が出てきた。

安来節セットだ。

なつかしいけれど、ずっと見ていたいというものでもない。

けれど、祐巳は以前それで練習したときには気づかなかったしみに、目が止まった。

(何だろう?まるで血のしみみたいだ)

たしかに、あの時自分は血のにじむような努力をしたけれど。

不思議に思いながらも、元のように押し入れの奥に押し込んだ。

次に出てきたものに、母の手が止まった。

(あ、枕草子‥‥)

祐巳は前からの疑問を、口にだすことはできなかった。

母の表情を見れば、それが、とても大切なものだということが、わかったから。

祐巳は、池上弓子さんと、祥子さまのおばあさまとの関係や、ヴァレンタインに温室で会った、

祥子さまの同級生の方のことも、無理に知りたいとは思わなかった。

たとえ、事実を知ったとしても、それは自分の中の思い出とは、もう関係がないことだったから。

母にとって、大事な思い出なら、それをあえて言葉にして説明させるのは何か違うと思った。

‥‥その次に出てきたものには、祐巳は素直に首をかしげるしかなかった。

(えーと、一輪挿しの花瓶?)

「ねー、おかあさん、これって何?」

「あら、祐巳ちゃん、これは徳利よ。見たことないの?」

「徳利って、お酒入れるあの?‥‥大きすぎない?」

一升は余裕で入りそうだ。

「実際に使ったりはしないわよ‥‥これは、おとうさんが信楽に旅行に行ったときのおみやげなの」

母は嬉しそうに言った。

(融おじさまは、清子おばさまに、きれいな落ち葉を贈ったけれど‥‥)

このへんが小笠原家と福沢家の違いかもしれないな‥‥

「でも、どうして徳利なの?」

「ああ、ほらお母さんの名前、みきでしょう?御神酒徳利のみきなのよ」

だから、若い頃、徳利や杯の形のアクセサリーを集めていたという。

「まさか、こんな大きなの買ってくるとは思わなかったけどね」

たしかに、これをバッグにぶらさげる人はいないだろう。

と、母は何か思いついたように、祐巳に立つように命じた。

「じゃ、次はこの徳利を片手でぶらさげて」

「?」

すると、勉強していたはずの祐麒が和室にやってきた。

「もう片方の手にはこれを持って」

それは、祐麒お手製の英単語カードだった。

市販されている普通のは、指二本分位の幅で、リングでとじられているが、これはB5くらいの

用紙に例文や、派生語、類似語まで書き込まれ、ひもで綴じられている。

「??」

「まあ、さすが祐麒、これは大福帳ね」

「あと、簑笠と、ずた袋でもあれば完璧なんだけど」

いかににぶい祐巳といえども、ここまでくれば気がついた。

(いくら信楽焼の徳利だからって)

畳にころがって、笑っている弟に自分も同じような顔をしていることを思い知らせると、

その姿を、デジカメで撮って保存することにした。

とりあえず、祐巳の衣類は、すべて弟に運ばせた。

しかし、ずた袋は何に見立てるつもりだったのだろう?祐巳は首をかしげた。