新聞部部室で、高知日出実は、次回発行分のリリアンかわら版の原稿を静かにチェックしていた。

その後ろでは、日出実のおねえさまである山口真美さまが、モニター画面にむかって呻吟していた。

「うー」

いつも仕事が速い、新聞部元部長(現リリアンかわら版編集長)にしてはめずらしい姿だった。

「あー」

指で机をコツコツ叩いたり、髪をかきむしっては、また七三にセットしなおしたり、

あきらかに、イライラしていますよというアピールだった。

日出実は原稿チェックを終えると、そのまま黙ってレイアウト用紙にむかった。

「‥‥‥」

「ちょっと、日出実!あんた、『どうしたんですか?おねえさま』ぐらい言えないのっ!」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥どうしたんですか?おねえさま」

「よく聞いてくれたわっ! この見出し、どっちがいいと思う?

既にプリントアウトした、二枚のヘッドラインを突きつけられる。

『春休みに紅薔薇さま()と紅薔薇のつぼみ()が婚前旅行!…か?

『スクープ!元紅薔薇さまと新紅薔薇さまが、ホテルで密会!…か?

(やれやれ)と日出実は思った。

「なんですか、この東○ポみたいなやりかたは。それに一体、誰のことを

言いたいのか、よくわからないですよ」

「小笠原祥子さまと、福沢祐巳さんのことに決まってるでしょ。

それよりどちらが読者の興味を引くと思う?

「それじゃあ、祥子さまと祐巳さまと書けばいいじゃないですか」

「だめよ!それじゃあ個人のプライバシーを侵害しているみたいじゃない!

‥‥役職名で書けばOKらしい。

「だいたい、どこでこんな情報拾ってきたんですか」

「新学年になってすぐに、校門のところで祥子さまがうろうろされていたのよ!

これは何かあるなって思うのが当然でしょ!

「‥‥それでまた茂みにひそんで盗み聞きですか」

「三十分張り込んだおかげで、春休みの旅行の写真を受け渡しする現場をゲットしたわよ!

「覚○剤じゃないんですから‥‥おねえさま体力ないんですから、長い間しゃがんでいると体に毒ですよ?

あの頃、生まれたての子馬みたいに、ヨロヨロ歩いてたのは、それが原因ですか」

「こういう地道な取材が、大きな実をむすぶのよ!読者が飛びつくネタを拾えるのよ!

「‥‥最近、三奈子さまに似てこられましたね‥‥」

以前は、もう少しジャーナリズムを目指しておられたように思う。

「そう、日出実も編集長になればわかるわ!読者の反響が肌で直接感じられるのよ! 

名前も知らない生徒から『この前のかわら版では…』とか話しかけられるのよ!

それはもうブログで拍手をもらえるような嬉しさなのよ!

「…いや、たとえのほうが、むしろわかりにくいんですが…」

紅薔薇逆指名成立事件や、黄薔薇青田買い事件の号外は大反響を呼んだ。

それに、味をしめたらしい。

山百合会のメンバーの話題は、リリアンかわら版の定番ネタになっているので、

取材されるほうでも、ある程度はあきらめているだろう。

しかし、卒業生まで記事にするのはどうか。

なにより、祥子さまは怒らせると、とても怖い。

高等部のクラブハウスにだって平気で怒鳴り込んでくるだろう。

‥‥日出実は姉の性格をよく知っていたので、誘導することにした。

「でも、次回は各クラブの紹介記事と、新入生歓迎会の告知でもう他の記事を載せる余地はありませんよ」

「だったら、号外を出しなさい」

(よし、かかった)

日出実は内心、ほくそえんだ。

定期発行分は、きまった曜日に各クラスあてに人数分を配布するが、号外は基本的にランダムに発行される。           

そして、号外は任意配布で、要するに希望者だけが自由に持っていくかたちをとる。そう自由に。

 

           ‥‥‥‥‥‥‥

 

‥‥そして、くだんの号外発行日、真美さまが重役登校なされたときには、号外は朝一番に集合した

山百合会メンバーの手によって全部数回収された後だった。

「もっと、いただけるかしら?」にっこりほほえまれる薔薇さま方に配布役の一年生部員達は逆らうすべがなかった。

 ‥‥初めての仕事がそんなのでかわいそうだったかな、と日出実は思った。

「‥‥日出実、よくも私をたばかったわね‥‥」

「さあ、一体どこから情報がもれたんでしょうねえ?それより、試験前でもう部室が使えません。

試験が終わったら再発行しましょうか?

「だめよっ!情報は鮮度が命。試験開けに、春休みの話題なんてもう出せないわよ」

そう、おねえさまは三奈子さまの教えにそりゃあもう忠実であろうとするのだ。

なんとなく、むかついたので日出実は精神攻撃に出た。

「それでは、かわりに私とお姉さまでホテルにでもしけこんで、それを記事にしましようか?

やらせですけどね。と提案するとお姉さまは真っ赤な顔になって黙り込んだ。

いくらリリアンでも、ここまで純情なのは珍しい。

どうしてその繊細さが取材対象には及ばないのか、日出実はそれが不思議でならなかった。