美佐江は泣きながら雑木林を歩き回った。
涙で視界がゆがむのを、手で何度もぬぐいながらロザリオをさがしつづけた。
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その前日の木曜日も、美佐江は泣きながら中庭を歩いていた。
(やっちゃった)
薔薇の館から飛び出してきてしまったのだ。
(土曜日に、剣道交流試合の会場でちゃんと謝ろう)
由乃さまは妹になる、ならないにかかわらず、是非、見学に来てほしいとおっしゃっていた。
「まあ、どうしたの!?‥‥美佐江ちゃん?」
名前を呼ばれてビックリした。
どうやら上級生らしかったが、見覚えがなかった。
「あ‥‥大丈夫です。私、すごい泣き虫なんです」
肩を抱かれて、ベンチに連れて来られて一緒に座った。
美佐江はこの親切な先輩には、きちんと説明しなければ、と思った。
幼稚舎の頃から、美佐江は事あるたびに泣いていた。
気が弱いというより、涙腺がひどくゆるいのだ。
ほんの少し、かわいそうと思うだけで涙がにじんでくる。
中等部の頃には、クラスメイトもすっかり慣れて
「あら、美佐江さん、また泣いているの?」
と、ほっといてくれるようになった。
本当に悲しくて泣いているのではないのだ。
やっかいなのは、国語の授業だった。
教科書に載っている悲しい話に反応してしまう。
予習でもしようものなら、先の展開を読んで、悲しくないシーンで、もう泣いてしまう。
それこそ「カンパネルラ」の一言で涙がにじんでくるのだ。
「‥‥だから、私、将来女優になったら泣く演技には自信があるんです。
それか、中国に渡って、お葬式の時に泣く仕事で大成するんじゃないかと‥‥」
「ぷっ」
それまで黙って話を聞いてくれていた先輩が、たまらないように吹き出した。
「な、泣き女っ‥‥に、二時間ドラマで最初から最後まで、ただ泣いている女優っ‥‥」
どうやら、ツボにはまったらしく、先輩はしばらく肩をふるわせていた。
「ごめんねえ、私はすごい笑い上戸なんだあ」
美佐江は見ていればわかります、と心の中で答えた。
「で、今はどういう理由で泣いていたの?」
深刻な問題ではないと、予想されたのだろう。
美佐江は薔薇の館での、由乃さまとのやりとりを説明した。
お茶の入れ方で、ほんの少し注意をされた。
いかに美佐江でも、泣くような事ではなかったが、それがきっかけでその子さんの事を思い出してしまった。
一昨日、その子さんは由乃さまに「クビ」と宣告され、教室に戻って号泣していた。
「も、もらい泣きのっ、思いだし泣きっ‥‥」
先輩は今度はお腹をかかえて笑いだした。
事情がわかれば、笑い話だが、目の前で突然泣かれた相手はたまったものではない。
由乃さまは、自分が泣かせたことへの驚きと罪悪感、そしてこれくらいで泣くのかという嫌悪感の入り交じった表情をなされた。
問題は泣いている最中は、うまく言葉で説明できないことだ。
あせればあせるほど、じれったくてさらに涙がでてくる。
いったん、落ち着くためにも薔薇の館を飛び出してきた。
(でも、まあ妹はもう無理だろうなあ‥‥)
そこで、最初に感じた疑問を口にした。
「どうして、私の名前をご存じなんですか?」
自慢ではないが、目立つほうではない。
「ああ、私も茶話会に参加していたのよ」
「‥‥それは、失礼いたしました」
「いいのよ、私は自己紹介であなたの事を見ていたけれど、あなたは初めから由乃さんに立候補していたんでしょう?」
「‥‥妹は見つかりそうですか」
茶話会終了時に、姉妹成立した二組にはこの人はいなかった。
皆で拍手したから覚えている。
「う〜ん初めに、あっいいなって思ったのは実は美佐江ちゃんでね。
あとはなんか、ピンとこなかった」
「!」急にドキドキとしてきた。
「ねえ、泣き上戸と笑い上戸で私達、いいコンビになると思わない?」
少し声がふるえていた。
「‥‥はい、私もそう思います」
美佐江はうれしくなって、また涙がでてきた。
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「まあ、どうしたの!?‥‥美佐江?」
デジャブのようだった。
違うのは今、自分は本気で泣いているということだ。
「おねえさまっ‥‥私っ‥‥昨日いただいたばかりのロザリオをっ‥‥」
「なくしたの?」
「‥‥うれしくって、何度もポケットから出してながめていたから‥‥」
「それで、この辺でなくしたのね?」
「昼休みに見てたんです‥‥でも今いくらさがしても見つからなくて」
「いいわ、じゃついてきなさい」
お姉さまは、雑木林の奥のほうへズンズンと進んでいった。
「?‥あの、お姉さま?私、こっちのほうには来てないです」
「落としてから運ばれたかもしれないでしょ」
「‥‥カラスとかにですか?」
「もし、そうだったら絶望的だけれど‥‥ほら、ここ」
そこにあったのは、木の冊で囲まれた大きな穴だった。
上からのぞき込むと、落ち葉でいっぱいだった。
「腐葉土にするため、ここに集めるのよ」
こんな所があるなんて知らなかった。
「今日、落としたんならまだ上のほうにあるはずよ」
言うなり、お姉さまは制服のまま冊を乗り越え、穴の中に降りた。
「! おねえさまっ私が探します!」
「じゃ、いっしょに探しましょう」
二人で手分けしたら、ほどなくロザリオは見つかった。
二人とも上履きとソックスが茶色く染まってしまったが、
手をつなぎながらの帰り道はとても楽しかった。
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「ねえ、美佐江。あなたが妹を作る時は注意してね。私、怒り上戸の孫とかは嫌だからね?」
‥‥それは、つまり由乃さまのような孫ということですか?
美佐江がそう聞き返すと、お姉さまは涙を流すほど大笑いをした。