「なんで、こんなかったるい事しなきゃなないだよっ」

少女の、無理につぶしたようなダミ声がお堂に響きわたった。

 

(きた)

山百合会のメンバーは皆、心の中で叫んだ。

今まさに、新入生歓迎会、おメダイ授与式のまっ最中だった。

 

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今年の外部入学生に、ひとり素行不良の生徒がいる。

教師からの情報は早くからあった。

山百合会としても、対応に注意するようにと。

 

「どうして、面接ではねちゃわないんですかっ」

黄薔薇さまが、教師を問いつめると

「父兄から依頼されたのよ、リリアンで更正させてくれって」

不良といっても、直接暴力はふるわない。

非常に頭がよく、口がまわるので、自然とボスになり、

授業妨害をしたり、教師をノイローゼになるまでつしあげたりする。

万引き、援交、かつあげ、喫煙…等の非行行為はしないので重い処分はむずかしい。

主に、教師や上級生への反抗的な態度が中心だ。

「はあ、不良というよりも問題児ってかんじですね」

白薔薇のつぼみが感想をのべた。

彼女は中学時代は地元千葉で、裏番として君臨していた。

…リリアンでは内緒だが。

「…寄付金でも積まれたんじゃ…」

紅薔薇のつぼみがうがった見方をした。

「うーん、その父兄ってのが、国会議員らしいんだわ。学園長が恩を売っとけば後々有利だからって」

そう、あけすけにぶっちゃけられると、かえってつっこめなくなった。

それに、学園長は実際に面接をして、更正させられるという目算があったのだろう。

(あの学園長はけっこうタヌキだからなあ)

紅薔薇さまはそう思った。

同類のことはよくわかるのだろう。

 

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入学式以降は、教師、シスターが常にその生徒の側にいて、

監視と観察を続けた。

まず、相手のことをよく知らなければ対策もたてられない。

しかし、当人はなかなか行動を起こさない。

時々、教師を反抗的な目つきでにらんだりはするが、あからさまに逆らったりする行動とらかった

ポンチョも意外と素直に着用した。

教師の中には、なんだこの程度かと気をゆるめる者もいたが、

ベテランのシスターはまだ猫をかぶっているのだ、と思っていた。

リリアンにも問題児は過去、結構いた。

同性愛者でかけおちをくわだてたもの、

ゴシップ記事で父兄に怒鳴り込まれたもの、

マリア祭の最中に同級生から窃盗をしたもの、

その行為を教唆、承認した生徒会長達、

ストーカー、盗撮常習者、セクハラ常習者、

下級生のリボンおよび弁当をかつあげした生徒、

教師を誘惑した双子、学校の銀杏を横領する生徒、

などなど、どれだけもみ消してきたことか。

決して油断はできないと思えた。

教師やシスターの目が届かない新入生歓迎会はもっとも危険だと

予想されていた。

それは、残念ながら的中した。

 

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「こんなメダルに何の意味があるんだよ、時間の無駄だよ、さっさと、帰らせろよ」

どうやら攻撃対象を上級生ー山百合会とさだめ、秩序を乱し、同時に一年生全体への示威行動するつもりらしい。

 

一年生の大部分を占める内部生は、その外部生の口調だけで震え上がってしまった。

間の悪いことに、彼女は一年藤組、白薔薇さまの列だった。

しかも、白薔薇さまの真ん前まできてから怒鳴ったのだ。

 

「あのね、このメダイには、皆にマリア様のご加護を…」

真ん中の列の紅薔薇さまが説得しようと割り込んだ。

「あんたには言ってねーんだよ。引っ込んでろ、このちんちくりん」

紅薔薇さまは固まってしまった。

(ち、ちんちくりん…)

否定することのできない自分が悲しかった。

 

紅薔薇のつぼみは、すごい目つきで問題児をにらんだが、足がふるえて、何も言えなかった。

直接的な暴力には弱かった。

(ほ、本物の画鋲をうわばきの中にいれてやるっ…)

そのぶん、陰湿ないじめ行為は得意だった。

 

黄薔薇さまは、一番離れた列だったので、とりあえず静観することにした。

剣豪なら、こういう時、余裕をみせるものだ。

 

黄薔薇のつぼみは、今、自分が竹刀を持っていないことをマリア様に感謝した。

もし、持っていたら問答無用で叩きのめしていただろう。

もっとも、素手でも体当たりで相手を気絶させる自信はあった。

 

白薔薇さまは、一番あせっていた。

目の前の生徒より、自分の後ろにいる白薔薇のつぼみが気がかりだった。

彼女は、無表情のまま、指をポキポキと鳴らしていた。

本気で怒っているのがわかった。

身体に痕を残さないように痛めつけたり、トラウマになるような精神攻撃が得意の妹だったが、

これだけ大勢の目撃者の前での実力行使はまずい。

妹を鑑別所に送りたくなかったし、なにより、来年の役員選挙に影響を及ぼす。

白薔薇さまは、覚悟を決めた。

今こそ封印を解く時だと。

ひとつ、息を吸い込むと静かに語り始めた。

 

絶妙の間だった。

全員が彼女の言葉に聞き入った。

 

そして、しばらくすると大爆笑が起こった。

(よし、つかみはOKと)心の中で小さくガッツポーズをとる。

 

それは、父(正確には祖父)直伝の辻説法術だった。

仏教の説話など、進んで聞きたがる者は現代ではあまりいない。

そのため、まず聴衆の興味を引くような話をする。

そして聞く態勢にしてから、おもむろに本題に入っていく。

小寓寺の住職の地位はだてではない。

彼はなんと、ヒトラーの演説まで研究していた。

 

白薔薇さまも、この法に乗っ取って、まずつかみの話から入った。

この場合は笑い話だった。

落語の枕に近いものだったが、白薔薇さまはその端正な顔で大まじめに語った。

そのギャップがまたうけた。

目の前で語られた不良生徒も、涙を流して笑っていた。

そのまま、おメダイの意義の話に移っていっても、もう抵抗する力が残っていなかった。

 

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「お姉さまにあんな特技があったなんて知りませんでした」

白薔薇のつぼみが、複雑そうな表情で言った。

「あまり、使いたくはなかったんだけれど…」

白薔薇さまはため息をついた。

同じ話はもう使えないし、次回からはもっと面白いものを期待される。

ネタを考えるのも大変なのだ。

 

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「ちわーっす、ねえさんいますかあ」

誤算だったのは、あの生徒が、すっかり白薔薇さまのファンになり、

毎日のように薔薇の館に通ってくるようになったことだ。

「挨拶はごきげんようだっ!それに、そんな呼び方するなっ」

「ああ、リリアンでは、『お姉さま』だったっすね」

「『お姉さま』と呼んでいいのは私だけだっ!」

「ちえっー、アンタが一の子分すか、じゃアタシを二の子分にして下さいよ」

「こ、子分ってなあ…」

その生徒も、白薔薇のつぼみには同種のにおいを感じたのか、

けっこう素直だった。

 

紅薔薇さまは、そのやりとりを聞きながら、

(結構いいんじゃない?)

と思った。

外部受験ではいっただけあって、成績は良かったし、なにより上級生にも物怖じしない生徒はリリアンでは貴重だった。

(それに、山百合会にいれちゃえば…)

そういう上下関係には、従いそうだ。

(『ちんちくりん』と言ったこと、じっくりと後悔させてあげられる…)

紅薔薇さまは、にんまりとほほえまれた。