初めはほんのささやかな意趣返しのつもりだった‥‥

 

           *****

 

砂浜で、風早と爽子ちゃんが心を通じ合わせるシーンを、

あたしは堤防の上からながめていた。

 

不思議と涙はでなかった。

 

見回すと、そこかしこで涙ぐんでいる女の子が目についた。

(そうか、あの子たちも風早が好きだったんだ)

 

でも、ひとりだけ唇をかみしめて二人を見ている子に気がついた。

たしかA組の女子で、あたしと同じく風早に告白して玉砕した子だ。

その子は泣いてはいなかった。

(ふられた時に、もう思いっきり泣いちゃったからなあ)

なにもしなかった子よりも、いちおう告白した分、後悔は少ないと思いたいけれど、こんな時泣くこともできないなら、どっちがマシなんだろう‥‥。

それにしても‥‥あたしも今、あんな表情をしているのだろうか。

そう思うと、急に風早のことが憎たらしくなってきた。

そうよ、なにもあんな公開告白みたいなまねをすることはないでしょうに。

 

 

           *****

 

 

‥‥風早に、なにか意地悪をしてやりたい気分でいっぱいだった。

その時、自分が今、握っている缶のことを思い出した。

それは、海岸に来る途中で大学生っぽい男から、いきなりティッシュ配りの

ように差し出されて思わず受け取ってしまったものだった。

「余ったから飲んで」

新手のナンパかと思ったら、男はそのまま行ってしまった。

「?」

いくらなんでも、見ず知らずの人からもらったものなんか、飲まないでしょうと

よく見たら、今年発売されたコーラによく似たアルコール飲料だった。

ご丁寧にアルコール含有率の部分をマジックで消してある。

どうやら、男は物陰からこちらをうかがっている様子。

騙して酔わせようとするなんて、ナンパよりはるかにたちが悪い。

あたしは、携帯をだすと、ソッコー男の手口と人相をメールで皆に知らせてやった。

 

‥‥せっかく、お酒が手元にあるんだから利用させてもらおう。

今、お店では未成年になかなか売ってくれないし、今日は自販機のところにも生活指導の先生が見張っているはず。

 

あたしは、普通のコーラを自販機で買った。

見た目はとてもよく似ている。

夜目なら区別が付かないと思う。

 

そして、よく風早の側にいる男子、えーと、たしかジョーとかいう子に近づいていった。

何度か学校で風早に取り次いでもらったことがある。

「ねえ、これ余ってるんだけど、よかったら飲まない?」

普通のコーラのほうを差し出す。

「え、く、くるみちゃん!? いいのっ?」

しっぽをふる勢いで食いついてきた。

プルタブを引いて一気に飲み干す。

「ごちそうさまっ」

「のど乾いてたのね、もう一本どう?」

「‥‥いや、さすがに炭酸2本は‥‥ゲフッ」

「じゃあ、風早にでもあげて」

アルコールのほうを渡す。

「うん!わかった」

‥‥正直、こんなにうまくいくとは思わなかった。

律儀に風早のところへ酒を運ぶジョー君のあとを、こっそりつけた。

そして、ひとくち飲んで吹き出す風早の姿を見て、思いっきり笑ってやるんだ。

それくらいは許してもらえるだろう。

 

 (作者注:この作品は未成年者の飲酒を推奨するものではありません

 

あたしは、痴漢男の気持ちが少しわかる気がした。

 

‥‥そして、風早はおもむろにプルタブを引くと‥‥

「ゴッキュ、ゴッキュ、ゴッキュ‥‥プハーッ」

首が完全に星空を見る角度まで曲がる、CMみたいな飲み方だった。

(え)

結構なアルコール%だったと思うけれど‥‥。

風早、ザルだったのかな?

 

けれど、しばらくすると明らかに様子がおかしくなった。

よたよたとした足取りになる。

まわりの皆は、それを風早がふざけているのだと思って笑っている。

爽子ちゃんは、あやねちゃんやちづちゃんと話していて気づいていない。

そのうち風早は、ふらふらと皆から離れて暗い方へとひとり歩いていく。

あたしは、あせって後を追いかけた。

ころんでケガでもされたらシャレにならない。

やっと、追いついた時、風早は暗がりに一人立って、

‥‥立ちションをしていた。

 

思わずヘナヘナと脱力してしまう。

すると風早はいきなりふりむくと、あたしの手を握った。

(! ギャー、手、手、風早、手洗ってないっ)

「‥‥黒沼、やっと二人っきりになれたっ‥‥!」

「!」

そのまま、ずんずんと海岸とは反対方向に手を握ったまま歩き続ける。

あたしは、あっけにとられて引っ張られるがまま、ついていった。

風早の手はじっとりと濡れていた。

(あ、汗だよね?)

このまま、まっすぐ国道まで出ると、‥‥ラ○ホがあったよね‥‥。

だから、こっちは生活指導の先生が巡回しているはず‥‥たしか、体育の‥‥

(ピンだっ!あ、あのオッサン、さっき砂浜で一升瓶かっくらってたっ!)

‥‥まあ、いくらなんでも風早もそのうち人違いに気がつくだろう。

(でももし、気づかなかったら?)‥‥なんか、急にドキドキしてきた。

あたしは、そうなったら、どうするだろう?

自分でも、よくわからなくなった。

あわあわしているうちに、何の妨害も受けないまま、ラ○ホの中に入ってしまった。

‥‥知らなかった。風早、酔っぱらうとこんなヤリ○ンになるんだ‥‥やっぱり、むっつり‥‥。

あたしは、休憩と宿泊料金を見て、よしそれなら手持ちで足りる、とか

余計な事を考えているうちに、部屋の中まで連れ込まれてしまった。

いや、さして抵抗もせずに自分の足で歩いてきたんだけどっ。

風早がドアをロックするのを見て、あたしはパニックになった。

(キャーどうしよう、どうしよう、先にシャワーを浴びるべき?)

 

わたわたしていると、寝息が聞こえてきた。

「ん?」

風早は、とても幸せそうな顔で、ベッドで丸まっていた。

「‥‥‥」

(こ・の・お・と・こ・は〜 眠たかったんかいっ!)

あたしは、怒りで手がプルプルとふるえた。

よし、もうこうなったら‥‥

あたしは、風早の服をすべて脱がすことにした。

さすがに、最後の一枚を下ろすときは目をつぶった。

すると、風早が目をさましそうな気配だったので、あたしも大急ぎで

服を脱ぐとシーツの中にもぐり込んだのだった。