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永遠のアセリア
Recordation of Suppressor


22話 気高き者であれ














 敵であるコウインに肩を貸して歩くのは、奇妙な構図だと今更ながらに思う。
 遭遇した折にどちらも神剣を抜いたはいいが、剣を交えることもなかった。双方共に戦う意思がなかったためだ。
 しばらくの睨み合いの後、俺たちは揃ってマロリガン首都に向かうこととなった。
 コウインはユートと戦ったために深い傷を負っているので、俺が肩を貸すことになったのだが。

「あんた……どうしてこんなことしてるんだ?」
「肩を貸す理由か?」
「俺、あんたの敵だったと思うんだけど」
「その敵に肩を預けておいて、よく言う」

 そうは言ってみたものの、コウインの疑問も当然だ。

「お前、もうユートと争う気はないんだろ? それが理由だ」
「……いいのかよ、それで。危なっかしい話だな」
「危ないことには慣れてるさ」

 コウインは苦笑を返してきた。それからは黙々と歩き続ける。

「……なんで首都のほうでマナの流れがおかしい?」
「あんた……ランセルだったよな? 知らないみたいだから教えるけど、うちの大将がエーテル変換施設を暴走させようとしてるんだ」

 暴走、つまりはマナ消失を引き起こすことになる。
 マロリガンの動力として使用されてる永遠神剣の規模は分からないが、イースペリアより小さいことはあるまい。

「……因縁とか、そういった運命めいたものを信じたくなる」
「へぇ……どういうことだ?」
「ラキオスに来る前はイースペリアにいたんだ……王城が地図から消えた時も」

 俺の言葉の意味をコウインは理解したらしい。

「……それって、まさかあんた」
「マナ消失には一度巻き込まれてる……二回目など冗談じゃない」

 あんなのはただの傷だ。深くて埋め合わせの効かない傷。
 押さえが効かずに胸の内を口に出す。

「世界を傷つけてまで、何がしたいんだ」
「……証明したいんだろうな、自分たちが自分たちの足で立ってるのを」
「そのために世界を巻き込もうというのか」
「……この世界で生きてるからこそ、かもな」

 何故か、コウインの言葉を否定できなかった。
 コウインの言葉が正しければ、世界を自分の都合だけで巻き込むというのには反発を感じる。
 しかし、一方でその理由を聞いて、どこかで納得している部分もあった。
 世界を滅ぼすのは、その世界に生きるものにのみ許された権利なのかもしれない、と。

「……とんでもない話だ。もっと急いで歩けるか?」
「無理だな。俺を置いていったらどうだ?」

 それも考えた。だが、ここで放っておいたら、たぶんコウインは死ぬ。
 ここに至ると、それはあまりに寝覚めが悪すぎる。
 本人は虚勢を張っている節があるが、一刻も早い治療が必要だ。

「……少し話をしてもいいか?」
「だめだ。今は時間がない」

 それにコウインの体力も不安だ。些細なことでも、余計に何かをさせたくはなかった。
 そんなことは口に出さないが。

「まぁ、そう言うなって。こんな話、滅多にするもんじゃない」

 こっちの考えなどお構いなしにコウインは話し始めていた。

「俺たち……俺と悠人と今日子な。今思えばおかしな関係だったのかもしれない。それとも男二人に女一人なら珍しくもない関係だったのかな」

 コウインは言葉を切る。横目で見ると、どうにも思案しているようだった。

「……同列じゃいられなかったんだ。顔を見て何気なく考えることが、いつの間にか三人じゃなくて二人だけになってる。分かるか?」
「いや……あまり分からない」
「そうか……とにかく俺たちは少しずつ食い違ってたんだ。でも、そういう部分があっても……いや、あるからこそ大事だったのかもな」
「三人でいることが?」

 コウインは首を縦に振る。だとしたらどうして。

「どうして殺し合おうなんてしたんだ?」
「どうしてかな……あの時はそれしか思い浮かばなかったんだ。いや、本当は……どこかで嫉妬してたのかもな」
「嫉妬? ユートにか?」
「ああ。あいつ普段は昼行灯みたいにぼんやりしてるし、勉強もまるで駄目でヘタレなんて呼ばれて、しかも佳織ちゃんのことになると見境なくなってさ」

 苦笑いをコウインは浮かべている。コウインの言うユートの様子は頭の中でも思い浮かぶ。

「だけど……悠人のやつは大事な時には信じられないぐらいの力を出して結果を出せる。その上、俺が本当に欲しいものを持っていて、だけど気づきもしない。そこに嫉妬したのかもな」

 コウインの欲しかったもの……それこそがコウインがキョウコに向けていた感情で、それをキョウコにも向けられたかったのだろうか。
 ……男女の心の機微というのは、実に分かりにくい。
 色恋沙汰は苦手だ。

「悔しいったら……ありゃしない」
「お前……ひょっとして今泣きたい気分か?」
「……言えるかよ。そうだとしても男の胸なんか借りたくない」
「俺も貸したくはないから安心しろ。ただ、泣きたければ泣け。誰にも言わない」
「へへ……嬉しい話だね。だけど俺の涙はかなり高いぜ?」
「それだけ言えれば上出来だ」

 軽口を叩けるうちは安心なのかもしれない。
 逆にしばらくコウインには何かしゃべってもらったほうがいいのか。
 それにしても、どうしてこんな話を?

「なんで、こんな話をしたんだ?」
「……誰かに聞いて欲しかった。あんたなら、まあ言ってもいいと思ったしな……」

 そう言われた瞬間、コウインの体が急に重たくなった。
 体が無意識の内に支え直す。

「それに……あんま長くなさそうだ」
「おい?」

 コウインは答えない。体にかかる重みが強くなる。
 自分自身で体を支えていないからだ。見るまでもなく、コウインは意識を失っていた。

「おい! この……ふざけるな。気を失うぐらいなら余計なことはしゃべるな」

 こうなると肩を貸すでは足りない。背中に担ぎ上げる。
 まったく……なんで、こんなことになる。前に進んでもコウインを助けられる保証はない。しかし、引き返す時間もなかった。
 コウインを担いで前に歩く。首都は余計に遠くなったような気がした。












 マロリガンから遠く離れたラキオス王都でも、非常事態による喧騒さは激しい。
 今や城内のみならず、市街にも兵士たちは駆け回っている。一時的にエーテル関連の施設や機械を官民問わずに停止させるためだ。
 その指示伝達を行うのが兵士たちであり、同時に動力停止に伴う混乱を鎮めるのも彼らの役目であった。
 すでに城内のエーテル変換施設も機能を完全に停止している。
 再稼動させる時の手間はあるが、マナ消失が発生した場合を考えれば止むを得ない処置でもあった。
 そして城の中庭、ベンチの一つにヨーティアは腰かけている。
 煙草に火をつけ、紫煙を天に向かって吐き出していく。心ここにあらず、といった表情である。

「どうしたのですか、ヨーティア殿?」
「ん? ああ、レスティーナ殿かい」

 かけられた声にヨーティアは首だけで振り返る。
 その態度は一国の女王に向けるべきものではないが、レスティーナはそれを指摘したりはしない。
 ヨーティアという人間が誰に対しても、このような話し方をしているのは知っている。
 それが貴賎問わず、誰に対しても同じなのも。
 ヨーティアは視線を空に戻す。レスティーナと顔を合わせずに。

「いいのかい、女王様がこんなところでのんびりしてて」
「今は休憩です。もうしばらくすれば、嫌でも忙しくなりますから」
「違いないね」

 ヨーティアは苦笑を浮かべる。その多忙はヨーティアも例外ではない。
 現在のラキオスにいる技術者で最も効率よく精度の高い仕事をこなせるのは、間違いなくヨーティアである。
 だから、これは空白に似た束の間の休息に過ぎない。

「……レスティーナ殿は、マロリガン大統領に会ったんだよね?」
「ええ、一度だけですが」
「どんな男だと思った?」

 問われたレスティーナは訝しげな顔をする。何故、それを訊かれたかが疑問だったからだ。
 だが答える言葉に、その疑問はない。

「……頑固、ですね。こちらの言葉を聞いて解っている上で、曲げなかったように思います。それに大統領になるだけの人物……こちらの重臣とは目が違いました」

 ですが、とレスティーナは続ける。

「分からないのは、クェド・ギン大統領がこのような行動に至った理由です。今回の暴挙に出るような人物には見えませんでしたし、それほど追いつめられているとも……」
「暴挙か……確かに急ぎすぎてるねぇ……でも、人の心の内はなかなか見えないものさ、レスティーナ女王」

 ヨーティアは懐から煙草を取り出すと、一本を指に挟んでレスティーナに向ける。
 レスティーナが辞するのを横目に見てから、ヨーティアは煙草を箱に戻した。

「それとも見えてるのに違うと決めつけてしまうのか……人の心ほど難儀なものもそうそうないよ」

 ヨーティアは溜め込んだ煙を深く吐き出していく。
 ベンチに座るその背中がレスティーナには、ひどく小さく映った。

「……ヨーティア殿は」
「うん?」

 レスティーナは一瞬、問おうとする言葉を考える。
 その一瞬の間に、考えていた疑問とは別の問いを発していた。

「今回の暴走を止められると考えていますか?」
「……よくて五分五分だろうね。実際の可能性はもっと低いと見たほうがいいけど」

 レスティーナは秀麗な眉を眉間に寄せた。それは苦悩の表情に近い。
 もっとも、とヨーティアは目線を変えないままに言い切る。

「どんなに可能性を論じたって機会は一度だけ。蓋を開けなきゃ中身は分からずじまい。私らにできるのは、どっちにも備えながら望んだ結果を待つだけさ」












 悠人たちがマロリガン首都に着いた時、都内は混乱の真っ只中だった。
 異常はすでに住人に知れ渡っているのか、家財道具をまとめて逃げ出そうとする者や、あるいは商店では店先を締め切って息を潜めている。
 本来なら混乱を鎮めるべき兵士もいなければ、防衛のスピリットも見当たらない。
 悠人たちは腑に落ちないものを感じながらも、首都の街並みを抜けていき議事堂へと至る。
 議事堂の前にはそれまでと違い、スピリットがいた。
 稲妻のスピリットで、赤と青の年少のスピリットに、彼女たちより年上と思しき黒いスピリット。
 年少のスピリットたちはネリーやシアーと同い年ぐらいで、黒いスピリットはそれより三つほど年上だと悠人は当てをつける。
 入り口に立ち塞がっていた彼女たちは、程なく道を開けた。

「すまない」

 悠人は感謝なのか謝罪なのか区別のつかない言葉を残して、議事堂の中へと進んでいく。
 奥に進んでいくうちに、悠人たちはエーテル変換施設内に足を踏み入れる。
 初めは変哲も何もない通路に壁面だった。それが徐々に様変わりしていく。沈滞するマナもどこか薄ら寒い。
 周囲には音が一つとして聞こえてこない。あるのは悠人たちの足音だけ。

「……本当にここなのか?」

 悠人は呟く。その疑問はもっともだった。
 そこは機械の中というよりは、むしろ遺跡のような面影がある。
 ラキオスとイースペリアの変換施設を知っている悠人には、異質としか思えない空間だった。
 ウルカたちも同じ印象らしく、全員周囲に気を配っている。嫌が応にも警戒したくなるような場所だった。
 その時、『求め』が小刻みに震え始める。悠人はすぐに耳元に『求め』を近づけた。
 ヨーティアの声が鮮明に届いた。

「ユート、どこまで進んだ?」
「今はエーテル変換施設の内部だ。だけど、どうも変な場所なんだ」

 悠人はヨーティアに説明をしていく。
 一通り聞き終えたヨーティアは、すぐに結論を出していた。

「そこは通常とは違う特殊な空間だね。おそらく特定の振動数を持つ神剣と共鳴して、力を増幅させる効果があるはずだ」
「どうして、そんなことが?」
「……さてね、今はそれより暴走を止めるのが先だろ?」

 悠人は話を逸らされたように感じる。何か秘密めいたものを感じたが、それを追求している暇はなかった。

「暴走までどのくらい時間が残ってる?」
「もう一時間もないだろうね……止めてやってくれ。暴走もクェド・ギンも」
「……ああ。そのためにここに来たんだ」

 通信を終えて、悠人たちは再び前に進みだす。
 慎重に奥へ奥へと進んでいく。それに連れて今度はマナが一点に収斂しつつあるのを感じた。
 焦慮の念に駆られながらも、慎重に進む。静寂が今は不気味に感じられた。
 そして光を見つけた。蒼い光が漏れ出している。
 その時、前方から強い神剣の反応を感知した。数は三。ヨーティアの言っていた適合する神剣とスピリットだ。

「こんな所で時間を取られるわけにはいかない……みんな、突破するぞ!」

 悠人の掛け声を合図に、悠人たちも戦闘態勢に入る。
 両者は時を経ずして激突した。最初の邂逅はすれ違いざまの斬り合いになる。
 マロリガンのスピリットは獣じみた勢いでぶつかってきた。内訳は青が二人に黒が一人。悠人に向かってきたのは、青い内の一人だ。
 横からの手荒い一撃を悠人は力強く受ける。重い抵抗を跳ね除けて切り返す前に、敵はすでに間合いから離脱している。
 離脱するや否や、すぐに別の敵が来た。地を這うように、下から潜りこんでくる。
 跳ね上げてくる斬撃を『求め』で受ける。悠人は驚愕した。受けたはずの『求め』が逆に押し返されたからだ。
 悠人は頭を引きつつ、後ろに下がった。敵のスピリットも深追いせずに離れる。
 マロリガンのスピリットたちは目まぐるしく入れ替わりながら、何度も一撃離脱の戦いを仕掛けてきた。
 それは連携というよりは、一撃ごとに目移りする相手を標的に選び直しているようだ。
 暴風のように荒々しい攻撃は、やはり荒々しい攻撃によって返された。
 アセリアだ。『存在』を振り回し、敵を払っていく。
 敵のスピリットたちは一箇所に集結し、改めて相対する。
 対して、敵の獰猛な気配に当てられたようにアセリアが身を低く構えた。闘争本能に火がついている。

「アセリア!」

 悠人の声にもアセリアは反応を示さない。ただ敵だけを見ている。
 アセリアが飛び出すよりも先に、ウルカが右に、ファーレーンが左につく。
 それはアセリアを押さえるためではなく、側面を守るためだ。
 悠人がまた何かを言おうと口を開きかけた時、マロリガンのスピリットたちが咆哮を上げた。もはや理性は残っていない。
 アセリアは『存在』を肩の上で寝かせるように構える。体は相手に背を見せるように捻っていた。
 ウルカとファーレーンはそれぞれ神剣を鞘に納めて、腰を低く落とし前屈みになる。
 動いたのは双方、ほぼ同時だった。
 アセリアに向かって青いスピリットが突撃してくる。対するアセリアが取った行動も単純。全力での振り下ろしで応えた。
 結果はすぐに出る。アセリアの一撃が敵を吹き飛ばす。吹き飛ばされながら敵の体は手首や足首など、関節から千切れて崩壊していく。
 『存在』は足元の床も砕いて、ようやく止まる。それは慄然すべき一撃だった。
 ウルカとファーレーンにも敵が向かう。
 青いスピリットがウルカめがけて正面から斬り込んでくる。
 迫る神剣をウルカは一瞬の内に跳ね上げ、逸らしていた。『冥加』は抜かれ、天を向いている。
 その切っ先が下に伸び、スピリットを袈裟切りにした。深々と肩から腰を抉った傷は、十二分に致命傷だ。
 ファーレーンは同じブラックスピリットと切り結ぶ。
 居合いからの斬撃は互いに届かず、しかし力で劣るファーレーンが一撃ごとに押し込まれていく。
 敵の神剣がここぞと伸びてきた。音よりも速いような一閃。
 ファーレーンは前に移る。相手の懐に入るために。
 懐に入られる前に、神剣が振られる。それと同時にファーレーンも頭を下げた。
 仮面が落ちる。しかし、それだけだ。彼女の顔に刃は届いていない。紙一重で軌道を見切り避けていた。
 静かに、しかし素早く『月光』の刃がスピリットの腹部に押し当てられる。余計な力が込められないままに振り抜く。
 確かな手応えがあった。

「むぅ……」

 敵が一掃されたのを確認してから、ファーレーンは困ったような声を出した。

「大丈夫、お姉ちゃん?」
「大丈夫よ。でも仮面が……」

 ファーレーンは顔に手を当てる。その視線は駆け寄ってきたニムから、悠人に移った。悠人もちょうど目が合う。

「あ……」

 赤面する。ファーレーンの変化に気づき、ニムは悠人を振り返る。

「見るな、ユート!」
「なんだよ……不可抗力だろ」
「……それより急ぎましょう。今は時間が惜しい」

 弛みかけた空気を切るように、ウルカが口を挟む。
 悠人とファーレーンは申し訳なさそうに頷いた。

「……ファーレーン殿もそれぐらいで動揺してはなりませぬ。虚を突かれては……」

 ウルカがファーレーンに注意する声が聞こえていた。
 それを聞き流すように悠人は光の漏れるほうを見る。そこが終着だった。

「また会ったな。エトランジェ、『求め』のユート」

 蒼い空間こそが変換施設の中枢だった。
 巨大な永遠神剣を背に、マロリガン大統領クェド・ギンはいた。
 一段も二段も悠人たちより高い位置は、変換施設の制御装置のある場所だ。
 クェド・ギンは悠人たちを見据えていた。その瞳には高揚も動揺も悲嘆もない。だが、何かを秘めた強い目つきだと、悠人は感じる。
 一方のクェド・ギンも悠人の目を見て、似た思いを抱いていた。ただし、彼のそれは皮肉混じりでもあるが。

(確かに最適な配役だ)

 クェド・ギンは微苦笑する。
 人心を心酔させるには、狡猾な人柄よりも実直な人間のほうがいい。大衆は綺麗なものを好む。
 あとは共感を覚えられやすい環境さえ整えてやれば、一直線に目的地まで進む。今の高嶺悠人がそうであるように。
 彼には踊っている自覚などないだろう、とクェド・ギンは思う。一直線で何も見えていないのだと。

(それとも、私さえ今でも踊っているのか……)

 喉を鳴らすように、クェド・ギンは笑う。
 改めて滑稽なのは自分かもしれないと自覚して。

「何がおかしい!」

 それを自分たちに向けられたと感じたのか、悠人の声が響く。

「これは失礼した。ラキオスのエトランジェ」

 笑い声こそ収まったものの、クェド・ギンの表情にはまだ薄い笑みが残っている。
 悠人はそんな態度に怒りを掻き立てられた。

「どうしてこんな……自分で世界を滅ぼうとしている! 全てを破壊するのに、意味があるのか!」
「理由が知りたいか、『求め』のユート。ただ神剣の思うがままに戦うだけのお前が」
「……違う。俺は俺の意志でここまで来たんだ!」
「その意志が友人とも戦わせた。お前は自分の意志で友と戦い、殺してきたというのだな?」
「それは……だけど、俺は殺してない……」

 クェド・ギンの言葉は確かに事実と違う部分がある。しかし、それを差し引いても、悠人は反論できなかった。

「お前たちは所詮、神剣に操られ行動しているに過ぎない。神剣の都合のいいように、神剣が求め望む世界のために」

 クェド・ギンは一歩二歩と歩き、制御盤から離れる。その手には何かが握られていた。

「俺の敵はお前ではない。帝国ですらない――世界の中心となる神剣そのものだ。『求め』のユート、貴様では分からぬだろうな。真相を垣間見た人間の気持ちなど」

 分かるも何も、と悠人は思う。
 何を言いたいのか、悠人には分からなかった。いや、分かるようで分からない。分からないようで分かると、悠人にもどっちつかずの回答しか出せない。
 全ては理解できないが一部は理解できる。だが、その一部だけではクェド・ギンの言葉はやはり異質でしかない。

「……それでも私を(ただ)そうというなら、私を止めることで証明してみせろ。お前が真に自分の意志でそこに立っているというならな」

 クェド・ギンが両腕を掲げる。右手に神剣、左手にマナ結晶体を持っていた。

「この神剣は『禍根』……どこで欠落したのか永遠神剣でありながら意思を持たない。だから人間に唯一扱える永遠神剣であるし、運命から外れた存在でもある」

 マナ結晶体が脈打つように反応する。
 『禍根』もそれに共鳴し、耳鳴りのような高音を放ち始める。

「人の意志と剣の意志、どちらが未来を握るのか……遠くない未来、この世界は確実に滅びを迎えるだろう。だがそれは永遠神剣の思惑によってだ」

 濃密なマナがうねり、空間が震えていた。
 マナ結晶体が震える。動力である巨大な永遠神剣も震える。両者は輝きを放つ。結晶体は赤の色を、永遠神剣は青の色を。

「そんなものが運命だというなら、俺は抗おう! 今、人の手でこの世界を消し去ることで! 神剣に生かされて、神剣の思惑通りに生きるなど、あってはならない」

 悠人は叫んでいた。その声すら、光が掻き消していく。
 だというのに、クェド・ギンの声だけははっきりと聞こえてきた。
 それこそが、彼の存在の証明かのように。

「俺たちは生かされているのではない。生きているのだ!」

 マナ結晶体が砕け散り、空間が赤い光に包まれた。
 あまりの眩さに誰もが目を閉ざす。目を閉じる直前、悠人はクェド・ギンが笑うのを見た気がした。
 光が収まっていく。しかし暴走寸前のマナの気配は消えない。それどころか強い力が現れる。

「なんだ……?」

 それまでクェド・ギンのいた場所に別の人影があった。
 スピリットだ。成年に達したばかりと思しき顔つきに体型、意志の光が灯らない瞳。蝋人形のような表情。
 腰までの長髪はそのまま整えられることもなく、ざっくばらんに垂れ下がっている。
 両手で『禍根』を保持していた。俯き加減に悠人たちを見ている。
 だが、その特徴は何より。

「白い……イオお姉ちゃんと同じ……」

 何よりも明快な特徴は純白のホワイトスピリットであるという点。その白は穢れ無き白か、全て失ったが故の白か。
 ホワイトスピリットが『禍根』の切っ先を悠人たちに向けた。
 室内に膨大なマナが満ちているためか、それともそのスピリットの力か、魔法が瞬時に組み上がる。

「まずいっ!」

 悠人たちは咄嗟に防壁を展開する。
 刹那、白く輝くマナの竜巻が発生した。空気が渦を巻き、全てを切り裂いて巻き上げようとする。
 それが一瞬の間隙もなく、展開した防壁ごと悠人たちを襲う。
 矢面に立つ悠人が真っ先に傷ついた。それは時を経ずして後ろにいるスピリットたちにも伝播する。
 傷つき、後ろへと押し返されていく。踏み止まるように、悠人たちは防壁の展開に集中した。
 今度こそマナの防壁は強烈に圧迫されながらも、悠人たちを守る。しかし、それで限界だった。
 進攻を阻みこそすれ、前に進む道を開くことはできない。足がかりにもならない。
 膠着状態の中、アセリアが『存在』を構え、いきなり飛び出していた。
 防壁と竜巻の境界に触れるなり、後ろへと勢いよく跳ね返されて地面に(したた)かに打ちつけられる。
 アセリアの左肩からは(おびただ)しい血が流れていた。だがアセリアは立ち上がり、再度突撃の構えに入ろうとする。
 だが、耐え切れないようにその場に倒れこむ。

「ニム、治療を……!」
「無茶言わないで……力を緩めたらみんな吹き飛ばされるんだから!」

 アセリアが抜けた分、負荷はますます強くなっていた。
 そうしている間にも時間が過ぎていき、焦りも深まっていく。

「一か八か……仕掛けるしかないか……」

 無謀と頭で分かっていても、打開策が他に思い浮かばない。
 その時、悠人たちの足元にオーラフォトンによる円陣が刻まれた。
 円陣から萌黄色の光が迸り、加護の力へと変わる。
 同時に悠人たちの周囲を渦巻いていた竜巻も弾き飛ばされる。

「よぉ……助けは必要か?」
「その声は……」
「血気に逸った突撃はご法度だぜ、悠人」

 悠人が振り返えると、光陰が入り口から入ってくるところだった。傷は癒えている。

「無事だったんだな、光陰!」
「当たり前だろ。なんと言っても運命から嫌われてるからな、俺は」

 光陰は不敵に笑う。光陰の後に続いて、議事堂の入り口を押さえていたスピリットたちも入ってくる。
 一様に異質な空間と化している施設中枢に驚きを隠せないようだ。
 だが、次に驚くことになったのは悠人たちだった。

「……ホワイトスピリット? また厄介そうなのが出てきてるな」

 現れたのはランセルだった。彼は竜巻の中心であるホワイトスピリットを見、それから悠人たちに視線を移す。
 悠人も驚いていたが、それ以上に驚いているのはウルカたちだった。目を丸くして、凝視している。

「……なんて顔をしてるんだ、お前たちは」
「無事だったんだな!」
「なんとかな。遅れたが戻ってきた」

 ランセルは『鎮定』を抜いていた。それは普段と変わらぬ動作。
 そこにいるのが当然だというように、彼はそこにいる。

「味気ないな。感動の再会じゃないのか?」
「だったらコウインがしてこい。抱擁でもなんでも」
「生憎だけど男と抱き合う趣味はないんでね」
「奇遇だな。俺も同じだ」

 苦笑を浮かべた光陰は悠人にもう一つの事実を伝える。

「それと今日子も無事だ。今は稲妻のクォーリンに見てもらってる」
「そうか……ちゃんと助けてくれたんだ」
「あいつはいい女の上に、俺たちより大人だからな。これでもう俺たちの遺恨はなしってわけだ」

 悠人はその言葉に、ようやく光陰たちが近くに戻ってきてくれたのを実感する。
 当たり前のようで、当たり前でなくなっていた現実。それがようやく、悠人の求めた形へと変わっていた。
 悠人の心に力が戻りつつある時、ランセルはウルカに呼びかける。

「ウルカ」
「は?」

 ランセルは懐から書簡を取り出すと、ウルカに手渡す。
 ウルカは不審な顔をしながらも受け取る。

「これは?」
「アリカからの預かり物だ。中身は後で確認してくれ」

 ウルカの表情にはっきりと驚きの色が浮かぶ。

「一体どうしてアリカが?」
「それはまとめて後だ。今は暴走を止めるのが先決だからな」

 そう告げて彼は前へと歩き出す。振り返らないまま、声だけをウルカにかける。

「確かに渡したからな。あいつには大事なものらしい」

 ウルカは何か言おうとしたが、それは言葉にも声にもならなかった。
 その間にランセルは悠人たちのすぐ近くまで戻っている。
 光陰はランセルを見て言う。

「……にしても、この竜巻を突破するのはちょっと骨が折れそうだな」
「だが突破できなければ時間はないか……要は道を切り開けばいいんだろう?」

 ランセルは前へ、悠人たちよりも前に出る。

「ならばその道、俺が啓開しよう」

 それに異を唱えたのが悠人だった。

「待て! その気持ちはありがたいけど、ランセルの力じゃ突破なんて……」

 悠人が全てを言い終える前にランセルの『鎮定』に白線が走り、それがランセル本人にも広がっていく。
 同時に力の気配がそれまでと変わる。より強く、エトランジェのそれに引けを取らないほどに近づく。

「……まだ不服が?」
「お前……なんで急に?」
「知らないけど……とにかくできるものはできるんだ。今はそれでいいだろう」

 ランセルはさらに歩き、光陰の防壁が効果を及ぼす限界の位置に立つ。
 後ろを振り返らずに、言葉を発する。

「分かったことがある。どうもこの剣はマナの干渉に強いというべきか抵抗があるらしい。現に『空虚』の稲妻でも大部分は防げる。この竜巻もマナだというなら、やれないことはない」

 体がどうなるかは分からない、とは言わない。どの道、時間がかかりすぎればそれで終わりなのは分かっているのだから。

「ユートにコウイン。俺はお前たちを信用する。だから、あのホワイトスピリットを確実に止めろ。マナ消失など……許せるものか」

 息を吐き、彼は竜巻の中心を見る。彼が知るホワイトスピリットはただ一人。目の前の相手は彼女と似ているようで、似ていないと思う。

「道だけは絶対に開ける。後は任せた」

 『鎮定』を突き出しながら、踏み込んだ。
 ランセルの言うように、『鎮定』は竜巻さえ切り裂き侵入していく。
 しかし、それは剣にのみであって、所有者の体も同じとはいかない。
 防壁の外では依然として竜巻が荒れ狂っている。触れるものを破壊しようとする竜巻が。
 皮膚が鋭く裂ける。血は舞うこともなく、流され飛ばされていく。
 竜巻の中にいるだけで、場所を選ばずに傷が増えていった。
 しかしランセルは止まらない。確実に一歩ずつ、道を切り開いていく。
 彼は剣を振るう。何をどう斬るべきか、今の彼には見えている。
 そうして、竜巻が割れた。暴風が完全に途切れ、道が開かれている。
 ランセルは走り出そうとするが、ままならずに転倒した。すでに足のほうが機能しなくなっていた。
 しかし、その瞬間を悠人と光陰は逃していない。同時に地を蹴っていた。
 ホワイトスピリットが竜巻を再発生させるよりも先に、光陰が加護の力で道を補強する。
 そして悠人が飛びかかった。

「うおおおお!」

 裂帛の気合。自らを鼓舞するように、『求め』が振り下ろされる。
 対するホワイトスピリットは竜巻を発生させるために収束させたマナをそのままに『禍根』を左から右へ真一文字に振るう。
 激突は閃光を生み出した。衝撃が圧力として制御室内に広がる。
 だが拮抗は短い。閃光が弾け、悠人の体が勢いを失って押し返される。
 同時にホワイトスピリットが手首を返す。浮いた体を狙われていた。
 だが、そこに光陰が割って入る。『禍根』の軌道が悠人から光陰に切り替わった。
 迫る『禍根』を『因果』の先端が押さえ込む。そのまま『禍根』を押さえながら、『因果』を回すように上へ振り上げる。下部がホワイトスピリットの顎を刈ろうと動く。
 ホワイトスピリットは後ろに下がりながら、刃を滑らせて『因果』の上部から離れ、体の中心線上に『禍根』を戻す。『因果』の下部を防ぐ。
 『禍根』の斬り返しが来るよりも早く、光陰はホワイトスピリットにさらに一撃を加える。しかしホワイトスピリットも、それをなんなく捌く。
 効果は薄いようだが、受けた反動でホワイトスピリットの体が下がる。
 光陰は左に動く。

「悠人!」
「おう!」

 態勢を整えていた悠人が右に動き回りこむ。挟み撃ち。
 光陰の攻撃が先に届く。『禍根』がそれを受け止める。光陰は『因果』を押し込み続ける。
 そこに悠人が来る。ホワイトスピリットは対応できない。
 悠人の攻撃を防ごうとすればそのまま『因果』がホワイトスピリットを両断する。
 『因果』を抑えていれば、悠人の攻撃がホワイトスピリットを断つ。光陰はそう考えていた。
 だが、ホワイトスピリットの行動は、そのどちらでもなかった。

「!」

 『禍根』が輝き、大気が唸り声を上げた。
 悠人の攻撃よりも速く、ホワイトスピリットは竜巻を発生させた。
 それは初めの一撃に比べれば、小規模で威力も格段に落ちている。だが、それだけに完成も速い。
 そして光陰を弾くには十分なだけの威力をなお残している。
 間近で受けた光陰が吹き飛ぶ。『因果』を突き立て両足が床を削りながら制動をかける。
 その間にホワイトスピリットは悠人に向けて竜巻の力を向け直す。
 すでに悠人は目前まで迫っていた。『求め』を振り下ろし始めてさえいる。
 しかし、そこに竜巻が来た。だが、ここでホワイトスピリットの想定通りにはいかない。
 悠人は踏み止まっていた。体が傷つけられながらもなお、踏み止まる。

「ここまで来て……やられるかあっ!」

 『求め』が動く。じりじりと押し込まれていく。そして抵抗が失われたと、悠人は感じる。
 実際はそんなことはなく、ホワイトスピリットはむしろ抵抗していた。
 だが悠人が瞬間的に発した力はそれさえ上回っていただけ。
 肩から食い込んだ『求め』はそのまま胸から腰までを断った。
 見間違いだったのかもしれない、と悠人は思う。
 消え行くホワイトスピリットが笑っていたように見えたのは。それが満足そうな笑みだったのを。
 悠人は深く息を吐き出す。放心するような虚脱感があった。昂ぶりはすでに消えている。

「まったく……最後は馬鹿力かよ。お前らしいといえばお前らしいけどな」

 光陰が悠人の隣に並ぶ。

「後はこいつを止めるだけだ。悠人も手伝え」

 言うなり、光陰は制御板の操作に取りかかっていた。
 遅れて悠人も慣れない操作に取りかかる。
 入力装置はキーボードに似ていた。二人はそれに違和感を覚えたが、考えても詮無いことではある。

「光陰、こういうのやったことあるのか?」
「あるわけないだろ。けど、こういうのは大体どうすればいいか相場が決まってるもんだ」
「そうか……?」
「そうなんだよ。ほら、これで最後。パスワードを打ち込んでくださいってやつだ」

 光陰が操作していた表示板にメッセージが出ている。確かに停止用の暗号を求められていた。
 暗号は原始的であり、それでいて解読が困難な防衛装置だ。
 しらみ潰しに調べるか、設定者の思惑を読み取るしかない。

「どうする? 心当たりは一つあるけど、間違えたら時間に関係なく暴走しかねないぞ」
「待ってくれ、ヨーティアに聞いてみる」

 悠人は『求め』に耳を当てる。
 興味を抱いた光陰も耳を(そばだ)てていた。
 悠人は交信を試み、すぐにイオもそれに応じる。

「ヨーティア、大統領は倒して、今は暴走の解除に取りかかってる。でも暗号が解らないんだ」

 しかしヨーティアからの返事がなかった。

「ヨーティア?」
「……ああ、すまない。よくやってくれたね」
「ん……ああ、それで暗号なんだけど」

 悠人はヨーティアの声の調子がいつもと違うのに気づいた。
 言葉にしがたい引っ掛かりを感じたが、それどころではないと思い出す。

「暗号はラスフォルトだね」
自由(トヤーア)じゃないのか?」
「惜しいけど違うね。……その声はマロリガンのエトランジェかい?」
「ああ、『因果』の光陰だ。以後よろしく頼む」
「こちらこそ。それで誰かさんが昔好んでた言葉があるんだよ」

 人は自由を求めても、しがらみから解放されることはない。
 生きている限り、真の自由などありえないのだ。
 それでも自由を求めて戦う者は、気高き者と言えるだろう。

「大将の問いかけってわけか……」
「お前たちは気高き者か? ってね」
「……クェド・ギンはそうだったのかな」

 悠人は呟く。
 クェド・ギンは悠人たちが神剣に操られていると言った。だが、そういう彼こそはどうだったのだろう。
 本当に自分の意志で行動していたのか、悠人には解らない。クェド・ギン本人でさえ解っていたのか。
 悠人の脳裏に一組の男女が思い浮かぶ。元の世界で出会った、異質な二人。あれこそが、本当の敵なのか。
 いずれにしても。

「世界を滅ぼすことで自分たちの意志を証明しようなんて、やっぱり間違ってる。そんなの……大人の身勝手だ」
「そうだね……でも悠人たちもいずれは大人になるんだ。その時は――」
「ラスフォルトであれ、ってね」

 光陰が答えていた。二人は頷きあう。
 言葉が打ち込まれた。変化はすぐに起きる。
 今にも溢れようとしていたマナが外に向かって拡散していく。
 操作盤にある水晶の色が危険を示す赤から、青に変わっていた。

「止まった……」

 誰もそれ以上の声を上げない。ただ安堵のため息を揃って吐きだす。
 マナ消失の危機は去り、世界は破滅から逃れた。
 悠人も光陰も不安に思うことはまだある。それでも確実に言えることがある。
 一つの戦いがここに終結した。









22話、了





2007年2月16日 掲載。

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