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永遠のアセリア
Recordation of Suppressor


43話 時間よ、止まれ













 ラース方面ではミニオンの進行を遅らせるために、イオとウルカが先行して攻撃を仕掛けていた。この提案をしたのは、イオ本人だった。
 ミニオンに手痛い一撃を与えて戦力を削ぎつつ時間を稼ぐ、というのが骨子だ。それにイオの神剣魔法は強力すぎるので、乱戦になっては逆に使用しにくいという背景もある。
 ウルカは無防備となるイオを守るためだ。
 これはイオに帯同しつつ、ミニオンとの交戦でも自身を含めて守り抜ける。その条件に適っているのはウルカ一人だけだったからだ。
 残りの者はラースの街中に数人ずつ分散して潜んでいた。俺はアリカとセリア、ヘリオンと行動している。
 そうして今、イオとウルカが戻ってきた。二人を迎え入れたのから少し遅れてミニオンたちも遠くに姿を見せる。
 初めは小さく黒い点でしかなかったが、少しずつ大きくなっていき遠目にもミニオンとしての特徴を見出せるようになった。
 ほとんどが青と黒のミニオンだ。進軍速度が違うからか、赤と緑は見当たらない。
 イオとウルカがミニオンにどの程度の打撃を与えたのかは判らないが、二十以上はいるだろう。
 人数比でいえば倍に近い。ミニオン一人の戦力がスピリット二人分と計算すれば……いや、止めておこう。
 戦力差は無視していい要素ではないが、この段階では重要とも思えなかった。
 どんなに絶望的だったり危険な戦いでも、戦うのに変わりはない。退けないのも同じだ。ならば、戦力差にどんな意味がある。
 そうこうしている内にミニオンがラースに直接降下してくる。
 ミニオンがこちらを見つけている気配は、とりあえずない。ミニオンはそのまま前進していく。
 ともすれば不用心にも見えたが、何か行動を見せればすぐにでも対応してくるだろう。
 すぐ横にいるセリアが囁き声で話しかけてくる。

「ナナルゥの攻撃と同時に、一番近いミニオンに突撃します。その後は順次……ついてこれますね?」
「相変わらず厳しい訊き方だな」
「……性分ですから。アリカ、彼の面倒は大変だと思うけど頑張りなさい」
「ええ、お気遣いありがとうございます」

 セリアの態度は俺とスピリットではまるで違う。もっとも、今は関係のない話だ。
 ナナルゥが動いたのは直後のことだ。街の中心部に彼女は陣取っていた。
 神剣魔法の準備に事前に入っていたが、ミニオンの対応はそれ以上に早い。
 ナナルゥの周囲を青マナが包み込んだと思うと、即座に拡散する。青マナの拡散に連鎖して、ナナルゥが収束させていたマナも霧散する。
 神剣魔法が詠唱段階で打ち消された。のみならず、これではナナルゥが危険だ。

「……やむを得ない、突撃する!」

 セリアが自ら動く。本来ならナナルゥの一撃の直後が望ましかったが、そうも言っていられない。
 こちらも動く。セリアはヘリオンと、俺はアリカと組んで動く。ミニオンを相手にするなら二人一組は必須となっている。
 セリアたちの突入を皮切りに、分散していた他のスピリットたちも攻撃を始める。
 数で劣っているのに、よく戦ったと言えるだろう。
 それぞれが劣勢を強いられながらも粘り強く戦い、一人また一人とミニオンをマナへと還していく。
 ミニオンが一人消滅する度に、負担が減っていくのを実感する。
 戦いの趨勢がラキオス側に傾いてきた頃だ、赤と緑のミニオンがラースに到達したのは。
 数は青と黒の総数よりは少ないが、それでもミニオンの総数は倍加したと言ってもいい。
 救いなのは、市街戦であることか。こちらも分断されがちだが、ミニオンもまた分断されている。
 その気になれば建築物など、大した障害にもならないのだが。

「ランセル、あちらの敵を!」
「ああ!」

 アリカが前を行く。この戦いが始まってから三人のミニオンを協同で撃破していた。
 しかし、この段階での増援は苦しい。
 現にまだ黒と青のミニオンたちも減っているとはいえ健在だし、全員で当たれたからこそ対抗できている面もある。
 だからといって、緑と赤のミニオンたちを無視できない。それに状況は混戦だ。対応できる者が対応するしかない。
 こちらの動きに気づいて、他に何人かが増援のミニオンたちに当たる。
 そしてアリカも緑のミニオンと接触した。『恩恵』とミニオンの神剣、それぞれのシールドが激突し合う。
 今までのミニオンとも同じように戦ってきていた。
 アリカが積極的に打って出て、敵の攻撃を誘う。隙を作り出すためだ。あるいは打ち合うことで、敵の動きを拘束する。
 そこを俺に仕留めさせようという魂胆だ。
 アリカと交戦しているミニオンの横から突きかかる。
 ミニオンは神剣で『恩恵』を打ち払いながら、シールドで『鎮定』の攻撃を防ぐ。
 青や黒のミニオンなら多少の手傷は負わせられるのだが、守りに特化している緑だとそうも行かない。
 そもそも多少斬られたぐらいで、ミニオンは消滅しない。打たれ強いと言えばいいのか、それともこちらが弱いのか。
 その膠着の間に、別の緑ミニオンがアリカに向かってくる。
 俺よりも先にアリカはすでに相手の動きに対応していた。飛び出して、新手のミニオンの攻撃を受けていく。
 アリカの動きには目を見張るものがある。普段以上に速く、力強く見えた。
 彼女はミニオンとも互角に戦えている。対して今の俺は、ミニオンの動きに追随し切れていない。
 相手をしていたミニオンは俺の攻撃を防ぐと同時に、アリカの背中を狙う。
 体がミニオンを追えない。反応が間に合わない。
 アリカはミニオンの動きに気づいているが、もう一方の相手から手を離せない。

「行かせるか……」

 心臓が脈打つ。『鎮定』との同調を深める。
 約束を思い出す。力を使わないという約束を。
 そういった時のアリカを思い出して、彼女の気持ちを考えて――その上で反故にする。
 約束は守るべき相手がいて、初めて約束事として成立する。
 『鎮定』に輝線が走り、体へと伝わっていく。同時に体から血が逆流してきた。
 それを耐える。吐きだしたくはない。
 口の中に独特の味が広がる。それ以上に、血のなんと重いことか。口中にまとわりついて、簡単には飲み下せそうにない。
 ミニオンはアリカへの攻撃態勢に入っていた。そこに無理矢理追いつく。
 俺がミニオンに斬りかかったのと、そのミニオンがアリカに槍を突き込んだのは同時。
 『鎮定』がミニオンを背中から斬り伏せる。しかしミニオンの槍はアリカの背中を抉っていた。
 直前に避けようとしたのか、アリカは左に離れようとしていた。それが功を奏して、致命傷になっていないのを把握する。

「そのまま伏せろ、アリカっ!」

 もう一人のミニオンがアリカに追撃をかけようとしているのが見えたからだ。
 横に跳んだ体勢からアリカの腰が沈み始める。それを見届け終える前に動く。
 投擲。『鎮定』がミニオンの胸を貫き、さらに吹き飛ばして民家の壁面に叩きつける。
 咳き込んでから息を吸い込む。
 ほとんど無意識的に『鎮定』を手元に転送させる。コウインと戦った時と同じ現象だ。
 ごく当たり前のように、そうしている自分がいた。

「無事だな、アリカ?」
「無事ですけど……」

 アリカは神剣魔法で背中を治療しながら、俺を見上げていた。
 怒っていいのか悲しんでいいのか分からないような、そんな顔をしている。

「使ってしまったんですね……」
「……アリカ。約束は守る相手がいるから約束なんだ。だから、もし約束を守ろうとして、その相手を失うというなら意味がない」

 少なくとも俺はそう考えている。
 だから。

「約束を守れなくなるぐらいなら――俺は約束を破る」

 ひどい理屈もあったものだ。
 後になって考えれば、そうも思う。
 しかし、そもそも約束をした理由を考えれば、自ずと答えは出てくる。
 約束以上に大切なことがある。













 エルスサーオ方面。ここでの戦闘は早くも終結していた。
 ミニオンの数は四十ほど。しかし、今はその姿はどこにも見当たらない。
 エスペリアは目の前で起きた出来事を驚愕の思いで見ているしかできなかった。
 この方面に襲来したミニオンのほとんどを、単身で突出していた時深が一人だけで打ち倒している。
 ごく一部、時深からの攻撃を逃れたミニオンが散発的に来ただけで、エスペリアはほとんど戦いらしい戦いをしていない。
 改めて、エターナルの強さを彼女は見せつけられた。

「この程度の規模なら私一人でも問題ありませんでしたね……すいません、皆さん。これなら他の二カ所に戦力を充ててもらうべきでした」

 戻って来るなり時深はエスペリアたちにそう言った。
 エスペリアは思わず生返事を返してしまう。それでも思考をすぐに切り替えた。

「いえ。それなら、すぐにラセリオとラースの救援に向かいましょう」
「もちろんです。エスペリアたちはラセリオ方面へ。私はラースへ向かいましょう」

 時深は背を向け、歩き出そうとした。だが、すぐにその足が止まる。

「どうされました、トキミ様?」
「……どうやら救援に向かうのは、無理になったかもしれません」
「え?」
「隠れてないで、出てきたらどうですか?」

 時深が後ろに向き直り、中空を睨みつける。その右手には『時詠』が、左手には時遡の扇を持っていた。戦闘態勢に移っている。
 そしてエスペリアは聞いた。少女のような笑い声を。
 マナの流れが大きく乱れたのは、その瞬間だった。
 閃光が生まれたのと同時に、暴風が周囲に吹き荒れる。
 エスペリアたちは咄嗟のことに顔を覆ったが、時深だけが身じろぎ一つしないで宙を見ている。
 光と風が収まった後、ミニオンたちが現れていた。時深が蹴散らした数の半数ほどだ。
 そのミニオンたちの中央に、一人の白い少女がいた。
 白い髪をしている。イオのような銀髪ではなく、混じりっ気のない純粋な白。雪のような白は、人間のように白髪と呼ぶのは無粋と感じさせる。
 小さな体に裾や袖元がゆったりとした白い法衣。白い帽子。法衣の肩口や胸元がわずかに黒で強調されている以外は白。かえって、黒があるために白が際立っているとも言えるのだろう。
 右手には杖が握られている。先端は円環になっていて、その円環の周りにさらに小さな円環が連なっていた。エスペリアは知らないが、ハイペリアでは錫杖と呼ばれる杖に酷似している。
 少女は、浮いていた。足は地に触れずに、そよぐように漂っている。
 表情に浮かぶのは無邪気そうな、屈託のない笑み。だというのに、肌を刺すような威圧感は少女から発せられている。
 そう考えると、周辺のミニオンはただの従者でしかなかった。

「あれも……ロウエターナルですか?」

 強烈に伝わってくる重圧から訊かずとも判っている。それでもエスペリアは訊かずにいられなかった。

「はい。そしてこの世界の争乱の首謀者と呼んでも差し支えないでしょう……そうでしょう、法皇テムオリン」

 対する時深は唇がうっすらと弧を描いている。微笑の形に。
 しかしその目は笑っていない。敵意も、隠されていなかった。

「ふふ……またあなたですか、時深さん。正直、あなたの相手には飽きてきたところですが」
「奇遇ですね。私も同意見ですが……これも縁なのでしょう」
「あなたがそう言うと、もっともらしく聞こえますわね」

 白い少女――法皇テムオリンは優雅に笑う。
 やんごとなき身分で生を受けた少女のようだと、エスペリアは感じる。
 しかし、彼女が知るそう言った人物、レスティーナとは似ても似つかなかった。
 表情の端々や声に、彼女は何か酷薄な印象を受けている。

「今回はずいぶんと時間をかけていますね? あなたがのろまなお陰で、こうして手遅れにならずに済んだのですが」
「それは自惚れですわ、時深さん。あなた一人が介入しようと、こちらの計画には支障はありませんの。もう詰めに入っているんですから」
「それはどうかしら。あなたが思っているほど、あなたの計画は完璧じゃない」

 両者とも一歩も動かずに言葉だけを応酬させる。
 エスペリアたちには二人の会話の意味が掴みきれないが、他の者には立ち入れない険悪な雰囲気があった。
 そして、テムオリンは時深の言葉を一部認める。

「確かに『求め』を失ったあの坊やを、時の迷宮に挑戦させるとまでは思っていませんでしたわ」
「予想もしていなかったのですか?」
「そこまで入れ込んでるとまでは考えませんでしたの。老いらくの恋とは恐ろしいですわ。その執念こそが」
「……あなたを倒す理由はすでにいくらでもありますが、もう一つ追加されたようですね」
「……もっと怒ってくれないと、からかった甲斐がありませんわ」

 テムオリンはいくらか残念そうに言う。それは実に本心らしかった。
 時深は短く息を吐く。内心の怒りを抑えようと、密かに懸命ではあった。
 それを隠す意味も兼ねて、時深はテムオリンに問う。

「彼……あれはあなたの差し金ですか、テムオリン?」
「いいえ、ただの偶然ですわ。時深さんの言う縁といった方が、筋は通るかもしれませんけど」
「……あれも不確定要素の一つでした」
「それは私たちにも言えますわ。ですが、だからこそ面白くもある。ほとんど見逃してきたのもそのため」

 時深は怪訝な表情を浮かべる。時深の想定していた反応と違ったためだ。

「完璧な計画は美しいですが、不完全な計画には逆に面白みがありますの。わずかな可能性で崩れる危険を伴った面白さが」
「それを承知の上で……?」
「時間をかけたのですから、楽しまなくてはお互いに損ではありませんこと? 私たちの勝利が約束されていたとしても」
「その思い上がり、今ここで正す必要がありそうですね」
「ですから試してさしあげますわ。あの坊やたちを待つまでの価値が、今のこの世界にあるのかを」

 テムオリンが杖を構えた。
 時深は『時詠』の力を発現させる。

「『時詠』よ、未来を見通す力を与えよ。ビジョンズ!」

 『時詠』の力はすぐ後ろに控えていたエスペリアたちに作用を及ぼす。

「っ……これは?」
「『時詠』が見せてくれるミニオンたちの動きです。テムオリンと戦う以上、私はあれの相手に専念しなくてはなりません。ですからミニオンたちは……」
「分かりました。私たちのことは気にせず、トキミ様はトキミ様の戦いを!」
「……感謝します」

 そうして、時深とミニオンたちが地を蹴った。
 ミニオンは時深を避けるようにすれ違っていく。時深もそれを追わない……というよりも追えない。
 法皇テムオリンはそういった動きを見逃すような相手ではなかった。












 ラセリオ方面でも、戦線は膠着していた。ミニオンが突然攻撃を中止して、距離を取ったためである。
 この段階で光陰たちは知らないが、投入されたミニオンの数はこの方面が一番多い。
 それを考えると、光陰たちは善戦していた。だが、光陰は自分たちの被害が今まで受けてきた中でもっとも酷い部類であるのも把握している。
 苦く思うが、受けてしまった以上はどうにもならない。
 そしてミニオンたちが攻撃を中止した理由とも対峙していた。
 光陰と今日子、稲妻の前に現れたのは一組の男女。
 『因果』が警告してくる。強い神剣反応、脅威を。
 光陰は似たような感覚を一度味わっている。『世界』とシュンとの戦いの時だ。

「あんたたち……エターナルか」
「いかにも。ロウエターナルが一人、黒き刃のタキオス。そしてこれが我が永遠神剣『無我』」

 タキオスと名乗った男は『因果』以上に巨大な神剣を肩に担いでいた。しかし『無我』は『因果』よりも剣として洗練された形状をしている。
 不敵な笑みを浮かべ、逆立った短髪は野獣のようだ。
 黒い手甲に黒いコート。はだけた胸元から覗く筋肉はもはや岩盤のようでもある。
 その威圧感は光陰が知るどの相手よりも強かった。統べし聖剣シュンでさえ決して例外ではない。威圧感だけならタキオスのほうが確実に勝っていた。
 光陰は直感的にタキオスがいかに危険な敵かを悟った。冷や汗が背を伝っている。

「あたしは不浄のミトセマール。神剣は『不浄』……こいつさ」

 ミトセマールが右手を開くと、鞭が音を立てて地面に落ちる。右手の親指と人差し指で把手は保持していた。
 両目を目隠しで覆っている。盲目かどうか光陰には分からなかったが、様子を見る限りでは周辺の情報は認識しているらしい。
 厚手のコートを纏い、その下は軽装でしかない。そのため、男を誘うような発育した肢体がやたらと目につく。
 男としては意識するべきか、とずれた感想を光陰はどこかで抱く。

「こちらは名乗ったのだから、そちらも名乗ってみてはどうだ?」
「それも礼儀か。碧光陰……いや、『因果』の光陰。ラキオススピリット隊隊長だ」
「『空虚』の今日子……肩書きなんかないわよ」

 タキオスは獣じみた笑みを深めると、満足げに光陰を見ていた。

「ミトセマール。あの女はお前にくれてやる。俺はコウインという男とやらせてもらう」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか、旦那。ちょっと好みじゃないのが残念でもね」

 ミトセマールは心底楽しそうに笑った。
 舌なめずりをして、今日子のほうを向く。当の今日子は獲物の品定めでもされているように感じ敵愾心を燃やした。
 その反応がまたミトセマールを歓ばせたのだが。

「けどまぁ、適当にいたぶってやればいい声も出しそうだし、殺す前に少しぐらい調教してやってもいいさね」
「……主はまだ殺すなと言っているが」
「そうは言うけどさあ、旦那。メダリオの奴が用事を片付けるまでの間に遊んでるだけで壊れたとしたら、それはあいつらの責任じゃないかい?」
「一理……あるな。確かにそのぐらいの時間も持たないようなら、この先に戦う必要もないか」
「そう思うだろう? なら決まりだ。ついでに他の奴らも私がもらうよ」
「構わん。弱者に興味はない」

 タキオスは言い捨て『無我』を正面に向けた。
 一方、光陰らもそれぞれの神剣を構える。

「勝手なこと言ってくれるな、ったく」
「本当よ。揃いも揃って露出狂みたいな格好してるくせに」

 今日子は吐き捨てる。
 相手がエターナルでも好き勝手に言われて黙っていられるような性格ではない。
 二人の後ろに控えていたクォーリンが光陰に話しかける。

「ミニオンはいかがします?」
「……無視していい」
「……いいのですか?」
「あのおっさん。それから、あのボディコン女もか。理由は違うみたいだけどミニオンは邪魔って感じだからな。まぁ、好都合ではあるな」

 光陰は改めて敵の配置を確認する。
 タキオスとミトセマールの登場に合わせて、ミニオンは遠巻きに離れている。
 神剣も収め、直接的な攻撃の意思は見られない。

「クォーリンたちは今日子の援護を頼む。それから今日子もだが絶対に深追いはするなよ。おそらく俺たちの力じゃ……」
「ストップ。そこまでにして、光陰。言いたいことは分かるけど、それで見逃してくれるような相手じゃないでしょ」
「……すまん、そうだな」

 光陰はエターナルの二人を前にして勝算を感じない。
 可能性があるとすれば時間稼ぎ……二人の口振りから察するに、時間を稼げばこの場は収まる可能性がある。
 今この瞬間は、そこに望みを賭けるしかなかった












 ミニオンの動きが突然変わった。こちらに攻めてきていたのが、急に身を守りながら下がり始める。
 いや、下がるというよりは移動か。場所を変えようとしている……今までに見たことのない行動だ。
 方角から察するにラースの街の中心部に向かっているらしい。
 俺とアリカは追撃に移るか、しばし迷う。

「何か企みが……?」
「……どうかな」

 ミニオンがそこまで組織だった行動を取ったという話は聞いていない。
 しかし、それが不可能という証拠にはならなかった。今までしてこなかっただけの可能性もある。
 街の中心には最初ナナルゥが陣取っていた。彼女が誰と組んでいたのかは覚えていないが、そうなると。

「追おう。誰かがミニオンの動きに乗っているかもしれない」
「了解……体はどうです?」
「思っていたほど悪くない」
「……よくもないんですか?」
「考え方次第だな」

 正確な答えになっていない。
 実際のところ、発現させた当初こそ酷かったが、今はそれなりに安定しているようである。
 この状態がいつまでもってくれるかは判らないが、続く内に終わらせてしまいたかった。
 ミニオンを追っていくと、街の中心部に到着した。ラースの中心部はちょっとした広場になっている。
 今は所々に戦闘の痕跡が見られるが、まだ街並みとしての形は保っていた。
 ナナルゥたちも無事だったようだ。姿を確認できた。
 そして徐々に他のスピリットたちも集まってくる。最終的に全員が広場に集まってきた。
 そうなると、今度は急に罠の可能性を強く意識してしまう。
 だが、ミニオンたちは俺たちと距離を取ったまま、動きを見せない。神剣こそ収めていないので、攻撃意思がないのとは違うようだが。

「ミニオンは何を考えているのでしょう……」
「こっちが知りたいところですね、それ」

 イオとセリアのやり取りが聞こえる。
 確かにミニオンの動きは不可解としか説明できない。強いて言えば、ここに全員を集めたかったのか。

「!」

 胸が痛んだ。反動ではなく、警告だった。
 突如として、強い神剣反応が現れる。ミニオンたちの、その奥に。
 その雰囲気は統べし聖剣シュンのそれと、どこか似ていた。
 だからこそ判る。現れたのは、ロウエターナル。
 ミニオンたちが道を空けた。一人の男が姿を現わす。
 痩身で上背のある男。かといって、貧弱といった印象は欠片もなく、むしろ精悍。
 体に密着する服で、腕はむき出しになっている。切れ長の目に、整った顔の造形。間違いなく美男子と呼ばれる。
 しかし、目が気に入らなかった。相手をどこか見下している……何故か、そのように感じさせる。
 男と目が合った。

「ああ、あなたが……ランセルですね? 一人だけ男だから捜す手間が省けていい」
「……知り合いですか?」
「冗談は止めてくれ」

 俺はあんな奴、知らない。
 だが、あいつは俺を知っているらしい。でなければ、名指しで呼ぶはずがない。

「僕は水月の双剣メダリオ。見ての通り、ロウエターナルです」

 メダリオはかすかに笑った。そのままの表情で続ける。

「早速で申し訳ないんですが……死んでもらえませんかねえ?」

 メダリオの両手にいつの間にかそれぞれ剣が握られていた。
 二組の剣……双子のようなものか?
 俺よりも先にアリカとウルカが俺の前に立つ。

「お嬢さんたちの相手は後でしてあげますから、そう焦らないで欲しいな」

 メダリオは二人を無視して、なお俺に話しかけてくる。

「アズマリア……知っていますね?」

 息が一瞬止まった。その名を、こんな場所で聞かされるとは、予想だにしていなかった。
 意識が、耳目がメダリオに集中する。
 さらりと、当然であるかのようにメダリオは告白した。

「彼女を殺したの、僕なんですよ」

 殺したのは。その言葉の響きも意味も、すぐには理解できなかった。
 空回りばかりする頭が、ようやく言葉の意味を捉える。

「お前が……?」
「ええ、そうです。この手にかけたんですよ。痕跡は残したくなかったので、塔ごと吹き飛ばしましたが」

 思い出す。アズマリアを。俺にとっての始まりだった彼女を。
 理由、だったのだと思う。自分が生きていき戦う上での。
 アズマリアのために戦いと思ったのは真実で、俺はきっとそうありたかったんだ。
 今なら分かる。俺にとってあの人は、とても大切な存在だった。
 だから。

「惜しい話でした。綺麗な女性だったのに」

 だから。だから。だからこそ。
 体の芯に火が灯る。

「貴様!」
「いけません!」
「止めるなっ!」

 飛び出そうとした俺をアリカが抑えるが振り払う。
 彼女が俺を見ているのを意識する。目は合わせない。合わせられるような気分でもなかった。

「見つけたんだ。ようやく、俺は」

 アズマリアを手にかけた、その相手を。
 ずいぶんと時間がかかった。その時間が諦めさせていた。俺は俺の求めた相手とは巡り会わないと。
 だが、それもここまでだった。ミニオンに囲まれた、あのロウエターナル。
 あれこそ、俺の求めていた――。

「あいつは!」

 許せない。許せるはずがない。

「俺の敵だ!」
「そうです。僕はね、あなたの敵です。敵は殺すのが流儀でしょう?」

 もう、ろくに音が聞こえなかった。幾多の制止の声が耳から流れていく。
 駆けだしていた。もはや、周りのミニオンなど関係ない。
 だから、ミニオンが一体だけ割り込んできたのが、酷く目障りだった。
 剣を打ち込まれた。それを防ぎ、逆に斬りつける。簡単に死なないのは分かっていたから、手早くミニオンの四肢を切り離す。

「メダリオ!」
「ミニオン一体にそんなに時間をかけてるようでは、話になりませんね」

 『鎮定』をメダリオの頭目がけて振り下ろす。刃は触れることなくかわされた。

「この『流転』は三位永遠神剣。あなたはせいぜい……五位程度ですか。これでは勝ち目もないな」
「そんなこと……!」

 覆せそうにない実力差だと認識する。だが、それですんなりと諦められるはずがない。
 体を突き動かすのは、浮かれるような熱。
 俺たちを余所にミニオンたちも再び動き始める。

「ミニオンには妖精たちの相手をしてもらいます。これで僕と君は一対一。こうしたほうが決闘らしいでしょう?」

 決闘など知ったことではない。しかし、ミニオンたちを正面からぶつけさせては。
 だが、メダリオと戦う以外に選択肢はない。背中など見せられなかった。
 続けざまに攻撃を叩き込んでいく。
 全ては回避できないと見たのか、いくつかが『流転』によって逸らされる。

「ああ、そうでした。僕を倒せれば、あのミニオンたちは消滅しますよ。だから悪い賭けではないでしょう? あなた次第では仲間たちを救える」

 こちらの攻撃をいなしながら、そんなことを言われる。
 しかし、いくら『鎮定』を振るえども、かすりさえしない。

「この世界では退屈続きだったんですから、少し付きあってもらいますよ」

 その時になって、初めてメダリオは構えた。
 『流転』を胸の前で交差させた、と同時に踏み込まれる。
 一瞬消えたのかと錯覚するほど、速い。
 反射的に『鎮定』を体の直線上に置き、身を守ろうとする。
 それより速く胸が縦横に裂かれた。メダリオは流れるように動いている。
 下がろうした瞬間に、両足の表面をなぞるように斬りつけられた。
 どの傷も浅い。わざとだ。その気になれば、もっと深い傷を簡単に与えられるはずだ。
 ならば、意識を攻撃にのみ集中させる。防ぐのが難しいのなら、攻撃に専念するしかない。
 攻撃の手を止めてはいけない。

「そうそう、それぐらいはしてもらわないと。あの美しき女王はすぐに殺してしまいましたからね……折角の美声を堪能できなかった」

 耳障りな言葉は無視する。
 メダリオは左手の剣だけでこちらの攻撃を防いでいく。右手は何もせずに垂れ下がっていた。
 使うまでもない、ということか。
 右側に回り込もうにも、それよりも先にメダリオは向き直っている。
 方法が見つからない。どう切り込めば、何を起点に攻撃すれば奴に通用するのかが。

「あなたの場合は危機感ではあっても、恐怖ではないようですね」

 『鎮定』で胸を守る。嫌な予感がしたからだ。
 直後、左肩を貫かれた上、体が吹き飛ばされて民家の壁面に叩きつけられる。
 すでにメダリオは動いている。めり込んだ体を引きはがし、逃げるために横に転がる。
 ほんのわずかな差でメダリオの攻撃を避けた。代わりに壁面にいくつもの亀裂が生じて崩れ落ちる。
 今の攻撃もそうだ。当てようと思えば簡単に当てられた攻撃。
 シュンと言い、こいつと言い……遊んでいるのか。
 『鎮定』を構え直そうとして、左腕が上がらなかった。というより垂れ下がって動かない。
 痛みは『鎮定』が抑えているから感じないが、筋を切断されたのか。
 メダリオはこちらを見て、一人で頷いた。

「そろそろ終わってくれませんか? 思っていたよりも楽しめませんでしたが――頑張ったとは褒めておきましょう。でも、こちらにも予定がありましてね」

 お前の都合など知らない。だから――お前にも俺の都合は関係ないのか。

「ですから、早く進めないと叱られるんですよ」

 もう、間合いに入り込まれていた。
 初撃。振り上げた『鎮定』が左の『流転』によって上に跳ね上げられた。
 続く三連の剣は右の剣を起点として左右交互に繰り出される。『鎮定』を握っていた右腕が三つに分割され体から切り離された。
 それを見上げる間もなく、見届ける暇もなく、左の剣が胸を穿って貫く。突き刺されたまま、体が倒れないように拘束される。
 そして最後に、喉元に右手の剣が突き出される。否、喉を容易く貫いていた。食べ物に道具を突き立てるような自然さで。
 体が動かなかった。何故だか、視野がぼやけて狭くなる。光が、消え












 そうして、それらは投げ込まれた。
 ミニオンたちはその少し前から、再び距離を取っている。そうなることを事前に知っていたかのように。
 満身創痍のスピリットたちの前に、ランセルだった物が落ちてきた。それは床に何度か叩きつけられて止まった。
 俯せになっているから顔は分からない。右腕が失われて、その背中には神剣が突き立てられていた。
 突然の出来事に誰もが一瞬我を忘れる。戦場に不釣り合いな静寂が訪れた。
 それを破ったのはメダリオの声だった。

「不思議ですよね、彼。殺したのに、すぐに消滅しないんですよ」

 飄々とした声に反応して、何人かが我に返る。
 ウルカやセリアは憎しみも露わにメダリオを睨みつける。
 アリカはランセルに駆け寄って、彼の前で跪いた。
 指を組んで、祈りの言葉を呟いていく。消滅していないのは、まだマナの構成が維持されているからだ。
 だからこそ、アリカは祈る。その祈りの力はリヴァイブと呼ばれていた。

「無駄ですよ、きっと」

 メダリオの言葉はすぐに現実となった。
 リヴァイブが行使される。しかし、ランセルの身に変化は起こらない。

「どうして……」
「死んだから、じゃないですか? いいじゃないですか、いつかは死ぬんですから。それが少しだけ早かった、それだけでしょう?」
「あんたは……」

 セリアとウルカに加えて、イオが臨戦態勢に入る。
 メダリオは苦笑いで応じた。

「せっかちは止めておいたほうが良いですよ。もう少し待てば面白い物が見られるらしいですから」
「ふざけるな」
「やれやれ……まあ、いいですよ。僕としても君たちの相手は(やぶさ)かじゃない。君たちなら『流転』で斬るに値しそうだ」

 メダリオも両手に『流転』を構える。

「今度はミニオンにも手出しはさせませんし、よろしければ全員で攻めてきても構いませんよ。一時に大多数ではかえって的になるだけでしょうけど」

 セリアはナナルゥに小声で何かを告げてから前に出た。
 ウルカとイオもそれぞれ左右に回り込み、ミニオンたちはさらに距離を取る。
 その中にあってアリカは呆然とランセルを見つめていた。
 リヴァイブをさらにもう一回試してみたが、反応はなかった。治癒の神剣魔法でも同様だ。
 脈を探れば止まっていて、呼気を確認すれば何も感じない。

「どうして……どうし……お願い……こんなの……」

 背を叩き、弾みでランセルの体が揺れる。しかし、それは自発的な動きではない。
 そして、彼の体はようやくマナに還ろうとし始めた。金色の霧が体から立ち上り、体が徐々に薄れていく。
 アリカは、どこかで認めてしまっていた。ランセルが死んだのを。それでも、本心は諦めていない。

「奪わないで……お願い……時間……止まって」

 アリカの意識に声が響いたのは、その瞬間だった。

【離れろ、妖精!】

 彼女には聞き覚えのない声。直後、ランセルの体が白い光に包まれた。
 聞こえてきた声のこともあって、アリカは慌てて彼から離れる。
 ランセルの肉体を覆った光は球形に姿を変えていた。
 アリカだけでなく、その場に残っていたスピリットたちも呆然と光球を見つめている。

「……繭みたい」

 誰かが呟く。それは確かに繭によく似ていた。

「ランセル……あなたは……」

 アリカは繭に触れる。少し暖かい。ぬるま湯に触れているようだった。

「あなたは……生きているの?」










43話、了





2007年6月29日 掲載。

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