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永遠のアセリア
Recordation of Suppressor


47話 凍土に吼えるは













 世界の命運を賭けた戦いが始まった。
 スピリット隊全軍はニーハスに到着するなり、キハノレを目指し速攻での進撃を始める。
 進軍の中心となったのは、俺を含んだ四人のエターナルたちだ。いずれもミニオンを物の数ともせずに血道を開いていく。
 それとて、わずか四人で四方八方から攻め寄せるミニオンの全てには対応しきれない。
 俺たちの穴を埋めるのが、コウインらスピリット隊の役目だ。
 彼らにとっての強敵であるミニオンを相手にしても、よく戦っている。
 昼夜問わずの戦闘を経ながらも、全員の意気は高い。進撃もそれだけ早かった。
 早くも三日目にはソスラスの街に到達する。
 そこから先はソーン・リームの地だ。万年雪に閉ざされているだけあって、環境は劣悪としか言いようがない。
 しかし最期の時が近いのか、元からそうであるのかは定かではないが、周囲のマナは濃密そのものだった。
 逆に濃すぎて、多くのスピリットたちは逆に興奮しやすいようだ。こればかりは生理的なものに近い。
 しかし、裏を返せば疲れを感じることも少ない。多少の傷はすぐに塞げるし、何より行使できる力も普段より強い。
 敵も条件は同じなのだが、多くの者にとっては利の側面が強いようだ。
 所々に配置されたミニオンを排除しつつ、キハノレまであとわずかの位置に近づいたところで、ロウエターナル側の永遠者が待ちかまえていた。
 丘陵の上に、水月の双剣メダリオが――。

「先に進め。あれとの決着をつけねばならない」

 他の誰よりも先に、前へ進み出ていた。
 体も心も暖まっている。準備は整っていた。
 ユートが後ろから呼びかけてくる。

「復讐のためにやつと戦うつもりなのか?」
「違う。ユートがシュンと戦う理由と同じだ、きっとな」

 もちろん、仇を討つという気持ちもある。しかし、今ではそれ以上に使命感に似た気持ちが強い。
 この役回りが自分こそに必要だ。この世界で生きたエターナルとして、アズマリアを大切に思ったランセルとして。

「先に進みましょう。この場は法官に任せれば収まるはずですし、時間も惜しい」

 トキミも先に進むように促す。
 それでユートも先に進む気になったようだ。

「また後でな」
「問題ない」

 すでに前を向いていて、後ろは振り返らない。
 そして、もう一人が声をかけてきた。
 アリカだ。あれ以来、彼女とは話していない。目も合わせないようにしている。今回もそれは同じだ。

「戻ってきたら、もう一度だけ話をしましょう」

 もう一度だけ。つまり……最後の一回。
 何を話す気で何を思っているのかは計り知れない。けれど、それは彼女にとって大切なことだろう。

「ああ、話そう。エターナルとして、君に約束する」

 記憶に残らない以上、エターナルの約束ほど信用ならないものはないかもしれないが。

「あなたの口約束は信じません。でも、言ったからには守ってください」
「……了解」

 手厳しい話だ。とはいえ、過去にも前例がある以上、彼女の言い分のが正しい。
 今度こそ、前へ。雪道を上る。踏みしめるのは大地ではなく、マナを操作して生み出した足場だ。
 雪が風と一緒に吹いてきた。横合いから殴りつけるような雪は視界の妨げになる。それでもメダリオは見失わない。
 メダリオもメダリオで存在を隠していなければ、尖った殺気をこちらに向けている。
 やつと向かい合う。距離は互いの剣の間合いから離れている。

「やはり来てくれたんですね」
「お前には借りがあるからな。そして、お前もそう思っているんだろう?」

 メダリオは笑みを浮かべる。それは口だけの動きで、目はまったく笑っていなかった。
 ……この巡り合わせを喜ぶべきはむしろ俺だ。

「感謝するのは俺のほうか。敵が自分から出向いてきてくれたんだからな」
「私もあなたに借りは返さなくてはなりませんからね。以前受けた顔の傷の」
「ならば、ここでお別れといこう」

 互いに神剣は握っている。隙を見せれば、どちらと言わずに仕掛けるだろう。
 周囲にマナを放出する。身を守るためだ。
 この地は特に青マナが濃密で、メダリオが水槍を利用するのに適した環境である。
 場合によっては、ごく近距離から水槍を受けるかもしれない。そうならないよう、青マナの収束を妨害するためにこちらのマナを放出している。
 完全に抑えられなくとも、防壁を用意するだけの時間稼ぎにはなる。

「なるほど。確かにそれならこちらの一手を封じたと言えるのでしょうね。では、私も出し惜しみは止めておきましょう」

 メダリオの背後の凍土に巨大な方陣が浮かび上がる。
 転移系の方陣だ。現われようとするものが雄叫びを上げた。

「龍か……」
「テムオリン様が作った龍の一体です。わざわざ私に与えてくれたんですよ」
「……?」

 今の言葉は何かが引っかかる。
 その正体は簡単に見分けられそうで、すぐに思い浮かばなかった。
 方陣から引きずり出されるように龍が現われる。
 どうやらユートが片付けたのと同類のようだ。外見はほとんど同じに見えるが、色だけは濃紺だ。
 確証はないが青マナの影響を強く受けるタイプだろう。
 戦闘能力の程は判らないが、カオスが用いる純正の龍よりは下しやすいと見るべきか。

「男をいたぶる趣味はありませんが、あなたはせいぜい苦しんで死ぬべきだ」
「だとしても、お前にそうする権利はない」

 状況は二対一で不利。危険なのは龍よりもメダリオだが、かといって龍を野放しにする理由にはならない。
 龍もまた放っておけば厄介な敵に変わりないからだ。
 巨体であるだけにメダリオよりしぶとい可能性はあるし、一撃は楽観視できない威力を秘めているはず。
 だが、だからといって避けられる戦いではない。むしろ、これは俺自身が望んだ戦いか。

「水月の双剣メダリオ。貴様は今この場において抹消する」

 真っ先に動いたのは龍だった。
 身を乗り出だして、右腕を大きく薙ぎ払ってくる。
 跳び上がって龍の豪腕をかわしつつ、空中にオーラフォトンで足場を作る。その足場を蹴りつけてさらに上へ。
 『律令』はすでに逆手に持ち替えていた。
 龍の顔面に降りながら、眉間へと『律令』を突き刺す。硬質な皮膚にいくらかの抵抗を感じながらも深く切り裂く。
 紅い血飛沫が噴水のように上がる。龍が左右に大きく揺れて暴れる。
 振り落とされないようにしながらも、剣を押し込んでいく。
 中枢はすでに潰しているはずだが、龍の動きは止まらない。惰性の動きではなかった。

(頭に脳はない……のか?)

 わざわざこちらの予想しやすい位置に急所があるとは限らない。
 急所を潰せばすぐに片付けられると踏んだが、見通しが甘かったか。
 周辺の青マナが左右に収斂(しゅうれん)されていく。『流転』による水槍だ。
 自分の両側に防壁を生成。水槍の飛来よりも先に展開する。
 両側から打ちつける音が騒々しく響く。
 当のメダリオは正面、龍の背中を蹴りつけて駆け上がってくる。
 『律令』を龍の眉間から引き抜く。
 メダリオが自身の間合いに到達した。

「これで死んでもらえると助かるんですけど」

 『流転』を防ぐために、メダリオの動きに剣を合わせる。
 左右の剣が、螺旋を描くかのように交互に突き出されてくる。
 右側から迫る剣筋を『律令』で叩き落としながら、左からの『流転』は左手で阻む。
 攻撃へ転じられない。前回よりもメダリオの動きが速く感じる。
 咆声と共に、龍の頭が沈み込んだ。と思うなり、跳ね上がった。
 反動で体が宙に投げ出される。即座に足場をマナで作り出し、中空に立つ。
 水槍がまたしても放たれていた。正面から無数の軌跡が一斉に向かってくる。
 左手を振るい、オーラフォトンで迎撃する。
 水槍を防いでいるところに、横から龍の腕が唸りを上げて薙ぎ払っていく。
 避けられずに、地面へと叩きつけられた。叩きつけられた弾みに、雪の粉や破砕氷が舞い上がる。

「くそ……!」
【悪態をついている場合ではない】

 メダリオが直接追撃をかけてくる。
 体は問題なく機能していた。体を引き起こし、こちらから向かう。
 守勢に回っていては、押し切られてしまう。ならば、多少の傷をもらってでも、それ以上の痛手を負わせる。

「今度は右腕以外も分けてみましょうか」
「貴様がな!」

 剣戟の応酬。音よりも速く、神剣同士がぶつかり合う。
 互いの一撃が届かない。いつかの時と似た状況だ。
 『律令』の一撃を弾かれたと同時に、マナを放出させた左手を足下へ向けて振り下ろす。
 破砕。メダリオが跳び退る。こちらからも距離を詰めた。
 『律令』を突き込む。左側の『流転』が対応してくるが逆に後ろへ弾き飛ばされる。
 メダリオはその反動に逆らわずに身を回し、入れ替わりに右の『流転』が払われた。
 紙一重でそれを屈んで避ける。胴体ががら空きに――好機が訪れた。

「逃がすか!」

 振り上げた『律令』がメダリオの左腰から右肩を斬る。
 しかし、それは予想してなかった形で失敗する。
 確かに『律令』はメダリオの体を切り裂いたが、それは腹部の途中で食い込む形で止まる。
 無視できない傷であるにはせよ、そうなるのはおかしい。
 相手がタキオスならまだしも。

「よくもこの姿に……」

 メダリオの左手が『律令』を掴んで固定する。
 やつの傷口と左手は異質だった。人間のものではなく、何か甲殻のようなもので覆われている。
 まるで、海洋生物のような。
 観察はここまでだ。右の『流転』が振るわれ、胸を切り裂かれる。
 『律令』を手放してでも、一度距離を取る。

(傷は……)

 思った以上に深いが、両断されなかっただけ上出来と考えなくてはならない。
 そして、メダリオの姿はなんだ? あれは擬態か?
 龍が来たのは、その瞬間だった。頭上に巨大な影が落ちる。
 即座に離れた。龍が落ちてくる。
 足下が揺れ、降りしきる雪が放射状に飛ばされていく。
 『律令』を転移させて引き戻すのと、龍の右手が迫ってくるのは同時。龍の右腕はいつの間にか、翼と一体化していた。
 右手で『律令』を受け取りつつ、左手を突き出す。
 龍が激突した。左腕が弾き飛ばされ、体もそれに引きずられるように滑る。
 踏み止まった瞬間に、メダリオが迫ってきていた。即興の割には、戦いづらい連携を取ってくる。
 『流転』の攻撃を捌ききれずに、徐々に傷がつけられていく。
 皮膚をなぞるような傷が多いのは、重要部位への攻撃だけは避け続けているためだ。

「僕の姿を見ましたね?」

 さっきの甲殻を指してるのはすぐに分かった。
 それが意味するところはなんだ。

「あれが貴様の正体か?」
「ええ……醜い、本来の僕の姿ですよ」

 メダリオの剣筋が荒くなる。それでも染みついた剣技は特別な乱れを見せない。

「僕はね、テムオリン様が欲しいんですよ」
「それで?」
「だから今の姿が不可欠なのです。釣り合いが取れないでしょう?」

 メダリオの攻撃を防ぎ、距離を少しだけ離す。

「……そして醜い正体を俺に晒して、不愉快といったところか?」
「その通りですよ。加えて、あなたはタキオスのようにテムオリン様の寵を受けてもいた。それが気に入らないんですよ」

 悪意のある本性が見えてくる。そして、同時に最初の違和感の正体にも気づけた。

「つまり、お前はテムオリンを支配したいのか」
「ええ。ですから」

 二つの『流転』が別個の動きを取る。上段からの切り落としと、正面からの突き込み。
 オーラフォトンを前面に展開させて、それらを阻む。

「あなたには死んで欲しいんですよ」

 メダリオが跳び下がる。
 直後に水槍での攻撃が開始された。その向こうでは龍の口から光が漏れだしている。
 水槍をオーラフォトンで阻む。この攻撃は足止めで、龍の攻撃こそが本命だ。
 それは判っているが、対処法は。
 腹に響く咆哮が轟いた。それはさながら、砲声だ。大気を圧しながら飛翔するのは、純粋な破壊の力。
 オーラフォトンの展開を行う。障壁の角度は斜めに。正面から受けるべき類の攻撃ではない。
 それでも、防ぎきれないのを理解する。
 白い輝きが、来た。龍の咆哮が、ソーン・リームの地を震わせる。












 凍土が穿たれていた。半球状に大地は削られ、黒い土が剥き出しになっている。降り注ぐ雪は、すでに黒を白に染めようとしていた。
 その中心にこそ俺はいた。
 長衣は至る部分で破れ血で染まっている。全身に傷を負っていて、それは擦過傷であったり打撲傷であったり火傷であったり。
 それでもまだ、五体満足で生きている。

「まだ原形を留めていたのですか」
「……エターナルがこれぐらいで消滅できると?」
「違いありませんね。でも首を落とされては、そうも言えないでしょう?」

 メダリオが窪んだ土地に降り立つ。龍は緩慢とした動作で少しずつ近づいてきていた。
 それを見上げる。『律令』は右手に握られたままで、力を失ってはいない。
 体はあえて起こさなかった。

「終わらせてさしあげますよ。あなたの無意味な生をね」

 無意味?
 確かに、そうなのかもしれない。
 エターナルに、世界に記憶されない存在に意味があるのか。

「でも、あなたは僕の踏み台になってくれるみたいですし、必ずしも意味がなかったわけじゃないのか」

 違う。意味があるかないかは、俺自身が決めるんだ。
 他の誰でもない。俺だけが持つ、俺への権利。
 俺がいたからこそ、アリカは生きていて。
 この体を、意思を、感情を、俺という存在を突き動かしていたのは。

「俺は、愛していたんだ」

 心から、そう思う。アリカやアズマリアを。
 理由は、初めからここに在る。
 『流転』が来たのは直後だ。
 反射的に立ち上がりつつ、『律令』で防ぐ。追撃が来る前に下がる。
 答えを、俺は見いだした。

「本当は――誰かのために生きて、誰かのために死んでいきたかったんだ」

 その願いは、有限の命を絶たれた時点で終わったと、そう思っていた。
 しかし、それこそ間違いだ。
 俺は永遠を信じていない。永遠など、誰だって知らない。知った気でいるだけだ。

「メダリオ。お前にこの存在、くれてやるわけにはいかない」

 俺は何を手間取って、何を迷っていたのだろう。
 エターナルは記憶に残らない。しかし、結果は生き続ける。それでいいじゃないか。
 それが今も俺が生きている代償。その代償、今更なんだというのだ。

「俺には大切なものがある」

 大切であるからこそ、俺はそれを捨てる。
 そこに俺がいなくとも、それは己を賭けるに値する。
 故に戦う。
 秩序の永遠者が世界を乱して、その世界の誰かをねじ曲げるのならば。
 俺は、それを許さない。

「貴様も龍もここで片付ける! お前たちはこの世界にとって邪魔でしかない!」

 己を否定し、否定するからこそ別の肯定を見いだす。
 否定の中にも、真実は含まれる。それは境地だ。重ねた否定の中でこそ、見いだされる真実。
 『律令』から力が流れ込んでくる。体から沸き上がるのは白い光。それが、俺自身の色だ。

「青に希望を。緑に平穏を。赤に情熱を。黒に勇気を。白に――真実を!」

 メダリオを見据える。負けるわけにはいかない。
 この世界での死は、俺の消滅を意味する。そうなっては、誰からの記憶からも消えずに残ってしまう。

「忘れられるためにこそ、俺は戦う!」

 踏み込んだ。メダリオは『流転』を十字に構えて、踏み込みからの攻撃を防ぐ。
 状況の変化を察してか、メダリオが間合いから逃れる。追撃を控える代わりに、標的を龍へと切り替える。
 駆ける。龍の腕が振り下ろされた。それをかいくぐって懐へと潜り込む。

「おおおおおっ!」

 『律令』で素早く斬りつける。でかいだけに、的を外しようがない。
 巨体が一撃ごとに震える。切り下ろしから振り上げ、横へと薙ぎ払う。
 一連の動作の後に、左手を龍の体へ突き出す。直接は触れない。
 力の収束は一瞬で為される。

「撃ち抜け!」

 純粋に攻撃のために、マナを直接放出する。
 龍の体が今までの中で一番大きく震え、そのまま崩れ落ちる。
 だが、龍もまだ息絶えてはいない。尻尾が払われる。
 それを跳び上がって避け、そのまま龍の体の上に降りた。
 狙うのは龍の首。龍の体を進み、首元に『律令』を突き立てた。
 鮮血が吹き上がり、龍の体がのたうつ。首元にもう一度、マナを撃ち込んだ。
 龍がほとんど動かなくなる。少しの間は痙攣していたが、すぐに巨体がマナへと還り始める。
 今度こそ、仕留めた。
 これで残るはメダリオだけ。

「アズマリアの仇、討たせてもらおうか」

 因縁を断つために。正面からメダリオへ向かう。
 メダリオは俺を待ちかまえていた。
 接近に合わせて、水槍が放たれてくる。
 対して、左手にマナを収束させた。それを前方に向けて、解き放つ。
 光が水槍を吹き飛ばしていく。その間にメダリオが迫ってきている。
 軽快な踏み込みから、『流転』が叩きつけられてくる。
 上下左右、大別しても四方向から、攻撃が来た。
 その場に踏み止まり、それぞれの攻撃を防いでいく。頭の中に浮かべる動きは円だ。
 メダリオに水槍を生成する暇はないので、一度にくる攻撃は二つが最大。ならば対処は十分にできる。
 これは純粋に近接戦闘での勝負だ。

「法皇テムオリンを我が物としたいか……だがメダリオ。お前は自分が法皇にどう見られているのか、考えたことがあるのか?」

 言葉に合わせて、俺も表情を形作る。俺が知る、冷笑という形に。

「駒だよ。使い捨ての、遊戯板の駒と同じだ。代わりなんて、いくらでもいる」

 メダリオの表情に怒りの色が浮かぶ。目つきの鋭さが変わる。

「さっきの龍もそうだ。テムオリンがお前に与えた? 違うな。ただの厄介払いだよ。要らないから、くれてやったんだ」

 特別なことではない。テムオリンにとっては、もはやどうでもよかったのだ。

「法皇をちっとも理解できずに法皇が欲しい?」
「……その口を閉じてもらえませんか?」
「お前は哀れだ。何も解っていないのに、法皇が欲しいなどと」

 俺も、そしてタキオスでさえも結局は駒なのだ。ただ単に、どれだけ使い勝手がいいかという話だけで。
 寵を受けているという認識自体が、法皇を理解していない証拠だ。

「法皇が何を欲してるのか、解ってないのか?」

 メダリオからは、もはや余裕も平静も消えている。一刻も早く、俺を黙らせようと。
 そうして、右の『流転』が大きく空を切った。

「!」

 剣も合わせずに避けたからに過ぎない。だが防がれるとメダリオはどこかで思い込んでしまっていたのだろう。
 一瞬の変化に、見逃せない虚が生まれた。
 『律令』がメダリオの右手を三つに分かつ。
 これは意趣返し。エターナルに戻る前に、同じことをされている。

「おのれ……」

 左側の『流転』が首筋を狙ってきていたが、左手を盾にして防ぐ。
 その動きと同時に、『律令』でメダリオの胸を貫いた。
 次に訪れたのは静寂だった。降雪の音さえが止まったように、感じた。

「……はは……」

 メダリオが小さく笑う。

「まさか……こんなことに、なる、なんて……」

 左の『流転』が手から落ちる。力を失ったメダリオは人間の姿を維持できなかった。
 半漁人、といえばいいのか。甲殻類というよりは魚類のような姿だ。黒く、滑り気のある皮膚をしていた。
 顔は俯いたので、どのような造型か判らない。確認する間もなく、メダリオはマナの光として消えていった。
 せめて、自分でさえ認めたおぞましい顔を見られたくはなかったのか。

「お前は……」

 あれはあれで、一途だったのか。
 法皇に好かれようと偽りの姿さえ用意し、盲目的であるのは。
 ……関係のない話だ。あれが何をどう思っていようと、この世界を滅ぼそうとしていたのに変わりない。
 そして、アズマリアの命を奪ったのも。

「アズマリア……俺はこんな形でしか報いられないのかもしれない」

 それでも、もう立ち止まっていられない。
 まだ敵討ちでしかなく、完全に報いたとは言えないだろう。
 この世界を巡った戦いを終わらせなければ。

「……まだ何も終わってないんだ」

 戦いの場へ。せめて、忘れられるために。










47話、了





2007年7月28日 掲載。

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