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永遠のアセリア
Recordation of Suppressor


52話 命の炎、輝きて













 高嶺悠人は、自分の足跡というのを振り返る。
 決して長い人生ではない。そして、人並みという言葉が似つかわしくない人生でもあったと思う。
 早い内に生みの親を失い、さらには育ての親まで事故で亡くした。二組の両親を失った彼に残されたのはただ一人、義妹の佳織だけだ。
 加えて得られたのは、大人に対する嫌悪と不信だけ。一時の悠人には、大人という名の生き物が全て敵のように見えていた時期もある。
 結果として、悠人は大人に頼るのを極力避けるようにして、佳織と二人で生きてきた。
 決して楽な生活ではなかったが、幸いにも碧光陰や岬今日子といった同年代の理解者が近くにいてくれた。
 だが誰よりも悠人が悠人としていられたのは、やはり佳織の存在が大きい。というよりも佳織がいたからこそ、と言えるだろう。
 弱音を吐かずに前を向いて生きてきたのは、佳織というかけがえのない存在がいたからだ。

(でも、だからこそ……)

 同時に、ずっと苦労をかけ続けてきたことにもなる。
 悠人も時には思った。もしも、誰か親族の一人にでも頼っていたら、佳織にかけてきた苦労の多くは必要なかったのでは、と。
 仮定の話は今となれば意味も持たない。それに悠人自身は後悔をしていない。
 否、後悔するのを止めた。目を背けるではなく、前を向くために。

「これで、この世界での最後の戦いか……」

 『聖賢』が同意するように反応を返してくる。
 最後の戦い。その場に立つために、悠人は多くを失った。
 自分という過去も、仲間たちとの絆も、何より佳織との繋がりさえも。
 そうやって何かを失った代わりに得たものも確かに存在する。
 そして、これは悠人が自ら選択した結果だ。その過程で誰かの協力や後押しがあったにしても。
 自分で考えて、自分で決めて、自分で踏み出しての結果だった。
 悠人は踏み込んだ。はじまりの地の、中枢へと。最後の場へと。
 大口でも開けたかのように、空間が広がっていた。開けているというより、そこだけが切り取られているような印象を悠人は受ける。
 周囲のマナはそれまで以上に濃密で、かえって息が詰まりそうになる。
 足場は奥へと続いていて、その周囲には四角い台座のような建築物が林立していた。
 よく見ると、それは何かの機械だった。用途は悠人にも判らなかったが、違和感を覚える。
 それはエーテル変換施設の内部を初めて見た時の違和感によく似ていた。
 すぐに悠人は違和感の正体に気づいた。不釣り合いだ、と。
 機械のような複雑なメカニズムは、この世界にはあまり似つかわしくないという思いから。
 それらの機械はうっすらと赤い光を発している。しかし、それは少し違った。
 赤い光を反射して輝いているのだ。
 光の出所は上空。視線を上げて、悠人は息を呑んだ。

「永遠神剣……」

 まるで、太陽だった。赤い光が四方八方に向けて投げかけられている。
 太陽のように輝いているのは、巨大な永遠神剣だ。宙に吊られたように、神剣が浮かんでいる。
 悠人以上に、『聖賢』が強く反応した。

【『再生』……ここのシステムの中枢はお前だったのだな……】

 『聖賢』の声はどこか郷愁を思わせる響きがあった。
 詳しい事情までは分からないが、『再生』と呼ばれた神剣と『聖賢』は何某かの関係があるらしいのが窺える。
 それを問い質している時間はない。初めからずっと強い力を感じていたから。
 悠人は警戒したまま、視線を下げる。『再生』と呼ばれた神剣の下に、統べし聖剣シュンは立っていた。
 悠人が近づいていく。瞬は紅の瞳で、それを見ている。
 何を考えているのか、もはや悠人には読み取れない。ただ、一つだけ予感があった。
 外見は瞬でも、彼の知る瞬ではないだろうという予感が。

「決着を着けようぜ、瞬」
「なるほど。本当にエターナルとなっていたか」

 返ってきたのは、確かに悠人の知る瞬の声だった。
 しかし、本来の瞬とは似つかわしくない。視線にも声音にも、秋月瞬という人間の感情が欠落している。
 悠人は瞬の視線が嫌いだった。自分以外を常に見下していた、あの尖った目つきが。
 口調もどこか尊大で高圧的だったが、今は抑揚が抑えられている。抑えられているというより、なくなったと思えた。
 今ではもう、嫌いだった視線すらない。
 向かい合っているのは、あくまで見かけだけが瞬で、中身はまったく違う相手だと認める。認めざるを得なかった。

「我と戦うためか……それとも、この男との因縁を果たすためか……」
「この世界を、みんなを守るためだ」
「……どうでもいいことだな」

 言い捨てるなり、瞬の周辺に六本の紅い刃が浮かび上がる。砕かれた『求め』の成れの果てだ。

「それにしても法皇も存外に情けない。あれだけの見得を切っておきながら、ここまでの敵を阻止できないとはな」

 それとも予定の内か、と瞬が小さく漏らしたのを悠人は聞き逃さなかった。
 一枚岩ではないのだと思う反面、元の瞬の性格を知っていたせいだろう。それも当然と思えた。
 不意に何を思ったか、瞬は上を見上げる。その視線の先にあるのは『再生』だ。

「上位神剣もああなっては形無しだな。意思もなく、ただ設定されたことを無限に繰り返し続けるだけだ。惨めとはあのような剣のためにある言葉かもしれないな」

 それに反応したのは、悠人ではなく『聖賢』だった。
 明確な怒気の主張。甲高く耳障りな音が、周囲を圧する。それを受けて、瞬は片頬を吊り上げるように嗤う。

「『再生』はこの世界のスピリットたちを生み出してきた母なる存在だ。それは同時に戦乱の大本とも言える」
「そうさせたのはお前たちだろう!」
「だが、嬉々として利用し気ままに踊っていたのは人間どもだ。いや、状況に甘んじていたスピリットたちも、その点では同罪と言えるだろう」

 瞬の視線が悠人に戻る。臨戦態勢に、入っていた。

「しかし喜べ。この『再生』の役目ももう終わりだ。今やこの地に集められたマナは『再生』に溜め込まれ、いずれ臨界を迎える」

 許容量を超えたマナを溜め込んだ『再生』は、最後には暴走して果てる。この世界ごと。
 時間はそれほど残されていない。
 悠人もまた『聖賢』からの加護を受ける。準備はできている。

「法皇の手がけた舞台は『再生』の利用に始まって『再生』の崩壊によって幕を迎える。この世界の終焉と共に」
「そんなこと、させると思ってるのか!」
「もはや言葉は不要だ。止めたくば我を倒すことだが……逆にその『聖賢』、我が糧として砕くとしよう」
「思い通りにはやらせない!」

 二人の神剣が、それぞれ力を解放する。
 この戦いに二人以外の誰もが、もはや干渉できなくなっていた。

【主、あいつはなんとしても討ち取るぞ。生まれたばかりの若造に好き放題言われる謂われなどない】

 『聖賢』の後押しを受けて、悠人が先に斬り込もうとする。
 その出鼻を挫くように、六本の刃が悠人を取り囲んだ。前後左右の四方に、頭上の死角へ二本が回り込む。
 悠人もオーラを解放し、自身の集中力を極限まで高める。時間の進みが急速に遅くなる。
 六本の剣は軌道もタイミングもずれて、悠人に襲いかかってくる。
 初めは正面からの一本。額を狙ってきたそれを、悠人は首を横に倒すことで避ける。
 続けざまに降り注ぐ攻撃も、わずかな身じろぎで流す。
 あくまで最小の動きで、直前まで引きつけてから避ける。接近もほぼ遅れない。
 頭上から落ちてくる一本を追い抜くように、悠人は前へ加速した。
 『聖賢』と『世界』が接触した。剣を押し合う反動で両者の力が大気を振るわせる。

「この程度か、聖賢者。本気で我を滅ぼそうとしているのか?」
「なめるなあっ!」

 悠人は自身への加護を変質させる。集中から、熱情へと。
 強引に力で瞬を押し切ろうとするが、背後から刃が二本迫ってくるのを感知する。
 危険を感じ、すぐに悠人は横へ跳んで瞬から離れた。
 高速で悠人を狙っていた二本の刃はそのまま直進し、瞬の眼前まで迫ったところで急停止する。
 瞬はそれに驚いた素振りを見せることもなく、六本の刃たちを自分の背後へ漂わせる。

「相手をしてやるぞ、聖賢者」

 右手と一体化した『世界』を突き出す。六本の刃は不要と見たのか、漂うだけで動く気配は見せない。
 あくまで、悠人を下に見ている。悠人は前に飛び出す。

「その油断、後悔させてやる!」
「ふん……」

 あくまで瞬の態度は冷ややかだった。
 『聖賢』と『世界』が打ち合い、その度に周囲が歪んだように震える。
 神剣同士のぶつかり合う音は、荒々しく猛々しい。
 瞬きすら許されない速度で、わずかでも力の緩められない攻防が続く。
 剣が交錯し、互いに競り合う。両者引かずの押し合いの最中、瞬が悠人に向けて言う。

「やはり、それが限界か」
「なんだと!」
「『聖賢』を得たことで、確かに貴様は我々ロウエターナルと戦う権利と力を得た。しかし――」

 瞬の競り合う力が悠人のそれより強くなる。
 押し切られまいと悠人も力を込めるが、じりじりと『世界』が押し込まれていく。

「思い出すがいい。秋月瞬が『誓い』で『求め』を砕いた時を!」

 悠人は身を後ろへ跳ばす。『世界』の刃が掠めるように空を切った。
 瞬は構わずに話し続ける。

「『求め』は四位、『誓い』は五位だ。本来、剣の力だけならば『誓い』よりも『求め』のほうが優勢であった。だが、貴様は秋月瞬と『誓い』によって、『求め』を砕かれた。それが何を意味するのか、理解はできているのか?」

 悠人は答えない。だが言われようとしていることは分かった。
 そして瞬も自ら進んでの攻撃に転じる。

「才能、資質の差だ。秋月瞬は貴様のような俗物には越えられぬ壁を初めから越えていた。貴様よりも確実に永遠神剣の力を引き出し、自らのものへと変えていた。それ故の差、貴様との違いだ」

 縦横に目まぐるしく振るわれる『世界』を、悠人も『聖賢』で打ち払う。
 しかし、攻撃の度に悠人からは少しずつ余裕が削り取られていく。
 瞬は嵩にかかるように攻め込んでくる。攻撃が激しさを増し、悠人は徐々に押されていく。

「たとえ、貴様ごときが『聖賢』を得たところで、『世界』を得た秋月瞬に敵うはずがなかったのだ!」

 度重なる攻撃で、悠人の防御に隙間が空けられた。それを塞ぐよりも早く、瞬の剣が叩き込まれていく。

「貴様は過去から敗れていたのだ、聖賢者! 解ったのかぁぁっ、悠人ぉっ!」

 一瞬、瞬という人格を悠人は見た。そして、その一瞬で『世界』の一刺しが悠人の脇腹を貫いていた。
 苦悶の表情を浮かべつつも、悠人は瞬を振り切る。瞬もまた攻め立てずに、距離を取り直す。
 悠人は左手で傷口を押さえる。出血は直に治まるはずだったが、まだその様子はない。
 生暖かく水気の強い感触は、嫌悪感を催させる。

「究極の力を見せてやる」

 瞬の呟きと共に、マナの流れが変わった。
 周囲に満ち溢れていたマナが、瞬を中心にして収束していく。その流れは渦状で、竜巻に似ている。
 悠人の予想を越えた速さで、マナが収束していく。元から濃密だったマナはさらに凝縮され、行き場を求めて唸りを上げる。

「オーラの爆発をその身に喰らえ! オーラフォトンブレイクッ!」

 瞬の声はマナの咆哮によって、半ばからかき消されていた。
 白く、輝いた。爆炎と呼ぶのも生やさしい熱と光。大気すらを焼き尽くす、閃光。
 加護も抵抗も、その全てが有って無いかのごとく、白熱が浸食していく。
 身を守る術も逃げ場もない。見える場所全てが、焼ける。
 焦熱の中にあって、ただ一人。統べし聖剣シュンだけが、その場を支配していた。
 マナの輝きはやがて中心から外に向けて消えていく。暴風が吹き抜けるような荒々しさで。
 後に残されたのは、高熱の名残だけだ。
 瞬は風に乗るように宙に浮かんでいる。その足下は深く窪んでしまっていた。
 周辺にある用途不明の機械群は、その表面が高熱で焼けただれてしまっている。
 空気は未だに高熱を維持し、生半可な者では立つのさえ許されない空間へと変わっている。
 その中にあって。

「ほう……さすがは聖賢者と言ったところか。あの一撃だけでは足りないと見える」

 悠人は立っている。耐えきっていた。
 身を丸めるようにしていた悠人は、ゆっくりと顔を上げる。
 その目はまだ、戦う意思を放棄していない。
 しかし十分な防御はできなかった。マナの収束から開放、破壊までの経過が速すぎたためだ。
 瞬が無言のまま動く。浮遊したまま、素早く距離を詰めてくる。『世界』が何度も振るわれた。
 悠人は『聖賢』で斬撃を受け止めていくが、消耗もすでに激しい。
 『世界』を正面から受け止めるものの、すぐに力負けをして押し返されてしまう。
 体勢が崩されたところに、マナの光球が撃ちこまれた。悠人に接触するなり、弾けて爆発を引き起こす。
 それから逃れるように、悠人が後ろへ下がる。

「くそ……このままじゃ……」

 瞬の火力の前に押し切られてしまう。守りに回るばかりでなく、攻撃に転じなくては勝ち目がない。
 焦りつつも、しかし決定的な打開策を有しているわけでもなかった。
 瞬は強い。そんなのは初めから解りきっていた。解っていて、それでも負けられない相手だった。
 瞬への敗北は、悠人にとって全てを失うのと同じだ。

【……ユウトよ】

 『聖賢』の声だ。『聖賢』の見せる気配は冷静。穏やかよりも鋭いが、それでも場に流されず惑っていない。

【我はお主の今や未来に口出しをしても、過去については何も言わないつもりであった。すでに過去を乗り越えてきていると思っていたからだ】

 前置きだ。そして『聖賢』からの問いが発せられる。

【だが、今は敢えて問おう。貴様にとって命の価値は力の強弱だけなのか? 才覚の有無になってしまうのか?】
「違う!」
「何が違う、聖賢者?」

 瞬が反応する。悠人と『聖賢』のやり取りが聞こえたのではなく、あくまで悠人の言葉にだけ反応して。

「それとも現実忌避か?」
「違う……命の重さはそんなに簡単じゃない」

 悠人の言葉は『聖賢』に向けられているが、それはそのまま『世界』へも向く。
 瞬が口を閉ざし、感情の伴わない紅い瞳で悠人を見る。もちろん、その内面を外から窺うことはできない。

【では、命の重さはどうやって量る? 優劣はどこにある?】
「知るか!」
【ほう?】
「我を差し置いて何を目論んでいる」

 瞬が打って出た。『世界』が唸りを上げて振り下ろされる。
 悠人の『聖賢』がそれを正面から受け止めた。悠人の動きにも力が戻り始めている。

「命はそんな単純に量れるもんじゃないし、量ってもいけないんだ!」

 『聖賢』が『世界』を押し返す。空いた胴に向けて『聖賢』を振るう前に、六本の刃が悠人目がけて向かってくる。
 攻撃を諦めて、悠人はオーラフォトンで刃を防ぐ。
 防ぎながら悠人は秋月瞬という男を思い返す。
 嫌いな相手だった。尊大な態度で、人を人とも思わない言葉や考え方は悠人には受け入れられるものではなかった。
 加えて、佳織に対する執着も悠人のそれとよく似ていた。動機や方向性は違うが、それでも思いの強さではそれほど差があったとは思えない。
 瞬は運動にも勉強にも秀でていた。決して口先だけの男ではなかった。
 悠人は認める。瞬は自分の先を進んでいたのだろうと。

「……確かに俺は瞬に比べたら、特別な才能なんてないかもしれない。神剣の扱いだってあいつの方が上かもしれない」

 悠人のオーラフォトンが六本の刃を弾き飛ばす。

「でも、だったらなんだ? その点だけで、全部の優劣を決めようって言うのか! 他の何もかもを認めないつもりなのか! 俺はそんなのを絶対に認めない!」

 悠人が反撃に移り、瞬に斬りかかる。瞬は悠人の攻撃を確実に防いでいった。
 それでも瞬は防戦に回る。悠人の攻撃は力強く切れ目がない。

【……ユウトよ。違うというのなら、自信を持って我を振るえ。その想いが真に気高きものならば、我は持てる力の全てを託そう】

 気高く。そう望んだ者がいたのを悠人は知っている。
 今では改竄された歴史によって、どのような認識に変貌してしまったかは分からない。
 けども、手段こそ相容れなかった男は、この世界に生きる者に気高さを求めていた。

「……ラスフォルト」

 気高き者。ならば気高く、その心は気高く。
 自由を求めて戦う者は気高いのなら、生きようとする意志は気高く。

「俺たちは生きてるんだ!」

 『聖賢』が白く輝き出す。悠人の体に今まで以上の力がみなぎっていく。
 瞬が反射的に距離を取った。余裕はいつの間にか消えている。

「うおおおおおおっ!」
「この力は……消えろ、聖賢者!」
「剣の力を全てぶつける!」

 両者を中心にマナが収束していく。剣は輝き、その力を解放しようとしている。
 同時に瞬を護っていた六本の剣も動きを止めていた悠人を狙う。
 悠人はそれに気づきながらも顧みない。瞬だけを見続ける。
 先に組み上がったのは瞬の神剣魔法。
 閃光が生まれる。その最中を突き破るように、悠人の神剣魔法も完成する。

「オーラフォトンノヴァ!」

 光が光を貫いた。直後に双方の光が爆ぜる。轟音と熱波を伴った力が荒れ狂う。
 力の余波が悠人に迫っていた六本の刃を粉々に打ち砕かれる。その破片もすぐに光に呑まれ、砂のように跡形もなく消えていく。
 両者の魔法はすぐに消える。互いの神剣魔法が相殺しあったため、悠人も瞬もさほどの被害は受けていない。
 次の行動により素早く移ったのは悠人だった。

「マナよ、一条の光となりて敵を射貫け!」

 悠人はすぐに神剣魔法の発動準備を終わらせる。周囲に満ちる余剰マナを利用しているため、収束にかかる時間はごく短い。
 オーラフォトンを瞬へ叩き込む。光が違わず瞬を直撃する。

「ぐぅぅぅ!」

 瞬の表情に苦痛が浮かぶ。悠人も攻撃の手を緩めない。
 すぐさま第二第三のオーラフォトンを放ち、立て続けに瞬に命中していく。
 四発目の発射直前に瞬が飛び出してきた。放たれた四発目を、瞬は右手の『世界』を盾代わりにしながら突っ込んでくる。
 悠人もまた『聖賢』を構え、瞬に向かって駆ける。
 『聖賢』と『世界』が斬り結ばれ、すぐに斬り合いへと発展していく。

「お前は絶対に倒してみせる!」

 直後、悠人が後ろに身を引くと、瞬の『世界』が空を切った。
 すぐに瞬は『世界』を体の側に引き戻す。その動きと同時に『聖賢』も振るわれる。
 瞬が防御する間もなく、左肩を切り裂く。傷自体は深くないが、『聖賢』から発せられている力が瞬の肉体を傷つける。
 さらに『聖賢』が振るわれる。瞬は軌道を読んで、胸への攻撃と判断。『世界』で防ごうとする。
 その矢先に『聖賢』が軌道を変える。対応できない速さではないが、瞬の防御をかいくぐって斬りつける。
 右の胸から左の腰までを『聖賢』が切り裂いた。
 『世界』を得た瞬と言えど、十分な深手だ。それでもまだ終わるには早い。

「貴様ぁぁ……殺してやる、殺してやるぞ!」

 瞬の目が赤く輝き、再びマナの動きが活性化する。三度目の詠唱準備。
 阻止しようと悠人も『聖賢』を振るうが、瞬を止めることはできなかった。
 悠人の後方で爆風が巻き起こる。再び、空間が光に包まれた。全てを破壊しようという意志が生み出した光によって。
 悠人は光に飲み込まれ、瞬はその前に退避する。これで全てが終わると、瞬は確信していた。
 いかにエターナルといえども、そうそう耐えきれる威力ではない。
 しかし――その意志と力の前でも、悠人は屈していなかった。
 閃光が晴れた後に、膝こそ突いているが悠人はまだいた。
 衣服は焼け焦げて擦り落ち、力も大きく衰えているのを感じる。
 だというのに、『聖賢』を床に突き立て、今にも立ち上がろうとしている。
 そして、悠人と瞬は目が合った。

「聖賢者……それほどまでに我を滅したいか!」

 瞬の叫びが木霊する。
 悠人は答えない。そもそも答える余裕がないからだ。
 立ち上がったとはいえ、すでに満身創痍。いつ消滅してもおかしくないほどのダメージを受けている。
 それでも立ち上がるのは、負けられないからだ。ここで負けたら、彼は守ろうとしているもの全てを失ってしまう。

「守るんだ……みんなの未来を……みんなが生きる世界を!」
「黙れ! 今度こそ終わりに――」

 マナが悠人に吹き込んできたのは、その時だった。
 心地良い熱を伴ったマナは、悠人の体に吸収されて傷を癒していく。

「このマナは……」
「『再生』のマナだと……意思などないはずなのに、どうなっている!」

 瞬が驚くのも無理はなかった。すでに『再生』に自意識はなく、あくまでシステムの一部でしかないと信じていたからだ。
 『再生』の剣は今でも赤く輝いている。赤い輝きが悠人を照らし、力を与えていた。
 同時に『再生』の思念が『聖賢』に向けられる。それは、悠人には分からない意思。『聖賢』にだけ向けられた意思。

「『再生』が力を貸してくれてるのか……」
【あの剣は命を象徴する剣でもある。主の思いに反応した。それに……『再生』もまたこの世界の破滅を望んでいない】

 悠人の傷は完全にではないが癒えて、体力も回復してきた。
 加えて、『再生』からも力を与えられたという事実が、より悠人を強く奮い立たせる。
 破滅させたくないから、それに抗う悠人に力を貸した。
 『再生』に後押しされるように、悠人は残された力を振り絞る。

「マナよ、オーラへ変われ。我に宿り、永久に通じる活力を与えよ!」

 悠人の頭上に門が浮かび上がる。異世界へと通じる門で、光が悠人に降り注ぐ。
 異世界からの力を受けて、悠人の力が瞬間的に膨れ上がる。最後の攻撃に出ようとしていた。
 瞬は、それを迎え撃つべくマナを集中させる。
 四度目のオーラフォトンブレイク。しかし、今までとは違った。
 マナを収束している最中に、瞬の左腕が燃え上がる。

「あれは……」
【体が神剣魔法の反動に耐え切れていないのだ。いくら『世界』の力と言えど、あれだけの力は乱用できないと言うことだ】

 それでも。瞬は左腕を燃やしながらも、マナを収束させようとする。
 だが、一度狂いだした手順は簡単には戻れない。
 苦悶と怒りの形相になりながらもなお、瞬はマナを従えられない。

「我は統べし聖剣……全てを司るべき剣なのだ! これしきのマナを扱えぬなどと!」
「マナは命だ。お前が考えてるよりも、ずっと重いんだ!」
「そんな感情論など!」

 だが、現実に瞬はマナを扱いきれなくなっていた。
 好機を逃さず、悠人が瞬に向かっていく。瞬もまたマナの収束を放棄し、悠人を待ち構える。
 両者は、互いの宿敵を見据える。

「もう、これで終わりだ!」
「できるものならやってみせろよ、聖賢者!」

 瞬が悠人に向かって踏み切る。二人とも揃って剣を振り上げ、振り下ろしたのも同時。
 『聖賢』と『世界』が正面から激突する。
 力と力がせめぎ合う。白と赤の刃が音を立てる。硬い音は力強く、同時に悲鳴のようでもあった。
 その音の中に、異質な音が混じる。より高い音が一度。
 『聖賢』に罅が入った。『聖賢』の受けた痛みが悠人にも伝わってくる。
 痛みを受けながらも、悠人は前へと進もうとする。
 『世界』にも罅が入る。それは聖賢に入った罅よりも、細かく広く、深い。
 二人の口が動く。それは叫びだったのか、言葉だったのか。
 声は声にならず、音は音にならず。ただ、意志だけが全てを表わしていた。
 悠人がより体を前に入れる。抵抗がある。後押しもある。
 進む。痛みも悲しみも嘆きも振り切るように、前へ。
 目指す。優しさと感謝と信頼に背中を押されて、先へ。
 悠人の腕が完全に振り抜かれた。
 『世界』と瞬が断ち割られる。
 赤い刃は緩やかに落ちていく。瞬の体は静かに終わりを迎えようとする。紅の瞳は最期まで悠人を見続けていた。

「お前だって……佳織を殺したくなんかないだろ」

 言葉が瞬に届いていたのか定かではない。いずれにしても、答える声はなかった。
 どこか似ていて、どこかで決定的に違った二人の因縁は、ここで幕を閉じる。
 『世界』は砕け、『再生』も崩壊を始めていた。
 臨界が来たわけではなく、自壊だ。世界と生み出した命を守るために、崩れていく。

「『再生』が……」
【これでいいのだ……『再生』もこれを望んでいた……】

 『聖賢』の声はどこか穏やかに聞こえた。一人と一本の剣に看取られるように、『再生』は崩れていく。
 『再生』は赤く輝いていた。マナの煌めきは、火の粉のように天へと昇っていく。
 命の輝きが、燃えていた。
 この時からほぼ丸一日。はじまりの地を中心に、光の粒子へと姿を変えたマナが大陸中に降り注いでいく。
 元の場所に還ろうとしているように。
 後年になって、永遠戦争と呼ばれる戦争はこうして終わりを迎える。
 そうして、人間とスピリットの新たな歩みが始まろうとしていた。
 命の炎は、まだ燃え尽きていない。










52話、了





2007年9月24日 掲載。

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