ロウエターナルとの死闘を終えてから、一週間。
マナの枯渇によって一度は崩れかけたこの世界も、砕けた『再生』のマナが大陸中に降り注いだことによって安定が取り戻されていた。
もっとも、それ以前に失われてしまったマナは戻ってこないし、ダスカトロン大砂漠のような枯渇地は相変わらず残り続けている。
そういう意味では、元の状態に落ち着いたが劇的に環境が改善されたわけではない。
要は、これからだ。この世界とそこに寄り添う命は、新たな可能性を得られた。その可能性をどうやって広げるかは、その世界の命が決めればいい。
それこそが世界が本来あるべき形ではないだろうか。そう思うようになったのか、そう思っていたのに気づいたのか。それは大差ない。
『律令』からレスティーナ女王の声が聞こえてくる。
イオが『理想』の力で大陸全土に向けて内容を送信しているので、それを拾い上げ再生して聴いていた。
エターナルからの解放宣言であり、大陸の統一宣言だ。やがて、この宣言も統一宣言のみに変わるだろう。
「この世界を救った英雄たちを迎えてください」
歓声が届く。『律令』からだけではなく、直接空気を振動させる音としても。
ありきたりな反応かもしれないが、単純に凄いと思えた。そのまま感動が外に出ているような、そう思わせる音の響き。
レスティーナ女王がバルコニーの中央に立ち、その横にユートやアセリア、トキミが控えているのだろう。それとも今は紹介だから隣に並ぶのか。
バルコニーの下には、群衆が溢れかえっている。老若男女、問わず。あるいは人もスピリットも問わずか。そんな光景を思い浮かべる。
俺はというと、その場には参加していない。現在ラキオス城の外にいる。
そもそもラキオス領に帰還したのが、つい先程だ。
ロウエターナルとの決戦後に一度だけ戻ってきたが、それから今し方までは国外に出ていた。
もっとも、ユートら三人の名前が遠雷のように連呼されているのを聴いていると、とてもではないが参加しないでよかったなどと思えてくる。
(あの中には英雄なんていないのに)
きっとユートたちもそれは承知している。けれども象徴が必要なのは理解できた。
せめて俺たちが去った後には、それがスピリットたちに戻ればいいと思う。
今回の戦い、本当に命を賭けて捨ててきたのは、俺たち以上に彼女たちだったのだから。
道具として産み落とされ、戦奴として利用され、現実に打ちのめされながらも、それでも生きてきた彼女たちに。
【『再生』が砕けたことで、この世界にスピリットは二度と生まれない。しかし……今の妖精たちはすでに確たる個として生きている】
それは観念的な面ではなく、生物として。
命を象徴している『再生』だからこそだろう。残されたスピリットたちには生殖能力がどうやら付加されたらしい。
自分で確かめたわけではないが、『律令』はそう伝えてきている。
種……命を絶やさないための力が為した奇跡じみた出来事だった。
【この世界の妖精たちはどのように生きていくのか……】
(それを選ぶのは彼女たちだ。残るも滅ぶも彼女たち次第で、俺たちにそれは強制できないし、してはいけない」
見ようによっては冷たくもある。けれど、全てを選べない不自由よりも、困難がつきまとう自由のほうが価値があるのかもしれない。
生きようという理由があるならば、後は困難すら糧に生きていけるのではないだろうか。
彼女たちはもう惰性ではない。生きるとは、自由と責任を得ること。与えられることではない。
「――私はみなさんにお伝えすることがあります。私たちの大陸はエーテルという――」
女王の宣告が始まった。痛みの伴う変革が、始まろうとしていた。
人はどう変わっていくのか。それは人が決めることだ。
「――エーテル技術は、私たちの世界に訪れた災厄がもたらしたものなのです。愚かな私たちは思惑通りに戦いを繰り返し、世界を蝕んでいきました」
人間の少女が、告白をしている。
それは人間という種が犯してしまった罪を代弁しているかのようでもあって。
「過去の過ちを消すことはできません。だからこそ、動かなくてはならないのです」
――でも私たちは学べる……過去の行いから、何が間違えていたのかを。そしてもう同じ過ちをしないことならできる。
俺にそう言ったのは――アズマリアだ。
彼女の生きた証は引き継がれていた。想いは継がれている。彼女の大切な人に。
「愚行を繰り返すことなく、未来への第一歩を踏み出さなくてはなりません……この放送をもって、この世界のあらゆるエーテル技術を封印します」
大きなどよめきが広がっていく。
それを遮るようにレスティーナ女王の声が続く。どよめきも慌てたように静まる。静まり、沈黙へと。
「それでも……私は未来に繁栄を再び取り戻せると信じています。次は私たち自身の力で」
両手を掲げる、そんな姿を想像する。その手は高く、理想も高く。
それでも信じて進むのを願い、その手にはいつかの栄光を掴もうと。
「友愛を持って、手を取り合って、人もスピリットもなく、前へと歩みだしましょう。再出発の時です。始まりに戻る時なのです」
そして一息。言葉が放たれる。
「みんな、力を貸してください!」
力を込めて、想いの全てを伝えようと。
レスティーナ女王は高らかに宣言する。
「私たちの生活は後退するでしょう。今日までできたことが、明日からはできなくなります。試練の時が始まります」
沈黙が続く。おそらく、国民たちはまだ言葉の意味を正確には把握できていない。
把握できていても、エーテル技術の放棄が生活にどういう影響を及ぼすのか、正確に想像できている者はまずいないと思う。
だからこそ、続く女王の言葉は的確だった。
当人がどこまで計算しているかはともかく、それは迷う人々に希望という方向性を与える。
「私、レスティーナはここに大陸統一女王となることを宣言します。そしてこの国を……ガロ・リキュアと名付けます。全ての人よ、全てのスピリットよ。無から始めましょう。今こそ自分たちの力で、私たちの手に未来を掴みましょう!」
無からの始まり(ルビガロ・リキュア)。それは言い得て妙だった。
今ある全てを放棄はできなくとも、その多くを人々は投げだそうとしている。
それは簡単には踏み出せない一歩。必要なのは勇気か熱狂か。
解っている。全てが理想通りに行かないのは。
この先にあるのが、ただの平和なだけのはずがない。
いずれ、遅かれ早かれ再び紛争の火種は現われてしまうだろう。人間は、今もどこかにそういった業を抱えている。
それでも、いずれ人間はその業を乗り越えるのかもしれない。
あるいはスピリットが、それを越える役割を果たしていくのかもしれない。
人間とスピリットは違う。違いは認めなくてはいけない。否定も肯定も、まずはそこから始めなくてはいけない。
レスティーナ……統一女王の名を叫ぶ声が聞こえてくる。
未来は分からない。しかし、それが望み通りになろうとならなかろうと、全ては世界に生きる者が決めていく。
これからは、それぞれの道を再び歩いていく。
時に複雑に交錯し、時に接触すら起こりえない平行を。
それは俺も同じだ。
気がつけば演説も終わりを迎え、すぐに国を挙げての祝勝祭になるだろう。
いい機会だと思えた。いつにするか曖昧に迷っていた気分に決心がつく。
ここからは、分かれ道を行くのだから。
最終話 そして、さよならを
事前に祝勝祭の準備は為されていたようで、演説後にすぐにどこもかしこもお祭り騒ぎとなっていた。
浮かれすぎ……とは思わない。過去と未来を考えれば、これは送迎の儀式のように感じられた。
スピリット隊は城の中庭を中心に集っていた。スピリット以外の顔触れは、訓練士や技術者など、隊の裏側を支えていた者たち。サーギオスとの決戦時に義勇兵として参加していた人間たちなどだ。
城の中庭が広いと言っても、これだけの人数は収容できない。結局、列はさらに城内の通路にまで伸びていた。
人混みを避けるように中庭に出て、スピリットたちの姿を探す。
神剣の気配を探ればいいのもあり、見つけるのは容易だ。順番は最後以外、特に考えていない。
だから手近な者から挨拶をしていこうと思って、最初に見つけたのがセリアとヒミカ、ハリオンの三人組だ。
立食形式らしく、彼女たちは小さなテーブルの前にいた。
三人の中で最初に俺に気づいたのはヒミカだ。笑顔で迎えられる。
それに気づいて、セリアとハリオンもこっちに気づく。
挨拶を交わした後に、ヒミカに訊かれる。
「今までどこにいたんですか?」
「少し外に。それよりも挨拶回りをしておこうと思って」
「ああ――」
セリアが納得したように頷く。理由に気づいたからだろう。
「さようなら、お元気で」
「早いよ、セリア!」
「冗談よ」
素早く突っ込んだヒミカに対して、セリアは小さく笑う。冗談と本気の境は分からない。
周囲は騒々しく、多少の大きさの声では周囲の人間には届きそうにない。
「本当に行ってしまうんですか〜?」
「ああ、前から決めてたことだ」
「寂しくなっちゃいますね〜」
いくらか伏し目がちに、ハリオンはそう言ってくる。心なしか、笑みの種類もいつもと違うような気がした。
どんな言葉をかければいいのか分からない。今度の別れは今生の別れとなる。
彼女たちが生きている間に、俺がこの世界の土を踏む機会は二度と訪れない。
「世話になったな」
結局、出てくるのはそんなありきたりな言葉だった。
同時に、それ以上の言葉もないような気がした。
「……こちらこそ。もう会うことはないでしょうけど」
「どうかお元気で……少しでも忘れないように頑張ります」
「ちゃんと三度のお食事を取って、女の子には優しくしないとめっですよ〜?」
三者三様の言葉をかけられた。
頷きつつ、これで別れるのだと思い知る。後悔はないが、残念な気持ちはどこかにあった。
「……これから三人はどうするんだ?」
最後に尋ねる。
スピリットたちも今後はそれぞれの生活を保障されると共に、様々な権利も得られていくという。
関連の法律が整備されるのに時間はかかるし、浸透にもさらに長い時間を要するだろう。
それでも、彼女たちは軍という形に縛られることはなくなる。
ヒミカとハリオンは顔を見合わせてから教えてくれた。
「私たちはお店を開こうと思ってるんですよ〜。ここだけの話、レスティーナ様が援助金も出してくれるという話ですし」
「そうか……念願叶って、か」
「店が開いたからって経営がいきなり軌道に乗るわけじゃないですけどね。ハリオンは帳簿とか大雑把でしょうし」
「たくさん作ってたくさん売っちゃえば問題ありませんよ〜」
「それが大雑把って言うのよ。まったく材料の原価やら店の維持費とか考えたことあるの?」
「お店の名前ももう決めてあるんですよ〜」
ヒミカの小言は無視されている。こういうのも慣れたというか……慣れたが、見納めだった。
「緑屋って言うんですけど、いい名前ですよね〜」
「ああ、ハリオンらしいと思う」
肯定的な意味合いで。一方、話を無視された形のヒミカは拗ねたように目を逸らしていた。
ヒミカの苦労はもうしばらく解消されないようだが、それはそれでヒミカもどこか楽しんでいるのかもしれない。それぐらいの余裕はあるだろう。
「ヒミカも大変だと思うけど……ハリオンを支えてやってくれ」
「あ……はい。暴走しないように私が頑張らないといけませんからね」
「そういえばセリアさんはどうするつもりなんですか〜?」
セリアは俺たちから一度視線を外す。どうするのか、決めあぐねているのだろうか?
しかし、懸念は余計だったらしい。すぐにセリアははっきりと答える。
「しばらくは戦後復興もありますし、軍にはまだ残るつもりです。サーギオスも個人的に気になりますし。ただ、退役した後は……笑わないでくださいよ?」
前置きをされた。セリアにとって真面目な話なのだろう。
「……子どもを……人間の孤児を引き取ろうと思ってます」
「人間の?」
「それはもちろん、できたらの話です! まだ何も決まってない……仮定の話です」
セリアに何があって、どんな想いでそう考えるようになったかは分からない。
少なくとも、本人がどう言おうと笑うような話でないのは確かだった。
「……セリアならきっといい母親になれる」
「そんな簡単に言って……」
「引き取るって言った時の顔を見れば、本気なのはよく分かる。だから大丈夫だ」
断言してはみたものの、子育てに間違いはあるとしても正解なんてないだろう。
だがセリアは模索しながらも、しっかりと進んでいけると思う。そういうのは間違いと呼ばないのではないか。
「……胸を張ってふてぶてしくしてたほうがセリアらしいぞ」
「そうですよね〜」
俺の言葉にハリオンが相づちを打ってくる。
セリアが表情を強ばらせたのをきっかけに、その場を離れようと背を向ける。
「三人とも。元気で」
各々の返事が返ってくる。
あの三人は、ちゃんと自分の道を見つけていた。幸先がよければいいが。
そう考えているうちに、ファーレーンとニムントールを見つける。
ファーレーンは相変わらずの仮面で、ニムントールも相変わらずに虫の居所が悪いような目つきで見ていた。
どことなく近づきがたい雰囲気ではある。だが、今を逃せば次の機会はもうない。
「邪魔するぞ」
二人は俺の顔をいくらかの驚きをもって見る。
口を開いたのはニムントールのほうだ。
「何の用?」
「少し話そうと思って」
「……まあ、別にいいけど」
いつもなら食ってかかりそうなニムントールだが、今回は素直だった。
出てきた言葉は結局さっきと同じ……世話になったという一言。
ファーレーンがそれに答え、ニムントールは答えない。
だが、わずかな間の後に呟くようにニムントールが言う。
「……もう終わったんだよね」
しおらしくさえ聞こえるしみじみとした言い方は、珍しいのではないか。
ファーレーンを見ると同じように感じたのか、目が普段よりも大きく開いてるように見えた。
「今だから言えるけど……お姉ちゃんやみんなが生き残ってくれてよかった。まあ、お姉ちゃんは強いからあんなやつらなんかに負けないけど」
どんなやつら、とは訊けない。そこに当てはまる答えはもうなかった。
先のレスティーナ女王の演説でもロウエターナルとは明言されていない。ただ、災厄とだけ表現されていた。
もはや実像はなく抽象でしかなくなっている。
「……本当は怖かった。もしかしたら今日の朝に会った誰かと二度と会えなくなるんじゃないのか、それがお姉ちゃん何じゃないかって」
「ニム……」
「でも、そうならなかった」
ニムの視線が俺に移される。見上げるような目つきはいくらか尖っていて、しかし刺々しいとは思わない。
「あんたがいてくれたお陰で少しは楽になってたんだよね。だから、あんたには感謝してる」
束の間、言葉を失う。ニムントールに好意的に言われたのは初めてかもしれない。
ニムントールをずっと見たままだったようで、はねつけるように言われる。
「何よ?」
「……ニムントールにそう言われると、本当にその通りに思えるな。ありがとう」
途端にニムントールの表情が変わる。
「そんなことぐらいで喜ぶな、バカ! 行っちゃえ! さっさと行って、帰ってくるな!」
言い捨てるなり、ニムントールのほうがどこかに走り去っていく。
ファーレーンが呼び止めても声が届いていないのか止まらない。
「ニムったら……申し訳ございません。ニムも、もう子どもじゃないでしょうに……甘やかしすぎたのかもしれません」
「……どうかな」
「え?」
ファーレーンが俺を見る。心なしか、不思議そうな目と感じた。
「戦いのせいで忘れられてるみたいだけど……ニムントールはまだ甘えたい年頃だろうし、甘えてもいいと思う。オルファやネリーたちもそうなんだが」
本当なら、彼女たちが戦っているほうがおかしいのか。
俺たちはあまりに、そういうのに慣れすぎてしまっているのかもしれなかった。
感覚が摩耗しているのか、単に甘いだけの理想論か。
「ファーレーンさえよければ、今までみたいに甘い顔をしてやってもいいんじゃないかな」
「もちろん私は構いません!」
断言。ニムントールはファーレーンに頼っているが、ファーレーンもまたニムントールに頼っているのかもしれない。
持ちつ持たれつ……そうやって、彼女たちがどこに行き着くのか。
「ファーレーンはこれからどうしていく?」
「……ニムとも話したんですけど、まずは二人で暮らしていこうと思います」
「じゃあ退役する方向で?」
「はい。本当は私があまりニムを縛ってはいけないのかもしれませんけど……」
それを含めて考える時間と権利を得ている。
「ニムントールを大切にしてあげられるといいな」
「はい!」
仮面の奥にある瞳が揺れて見えた。話を切り上げて別の場所に移る。
アリカとは最初に会うべきだったのかもしれないと不意に思えた。
しかし、彼女よりも先にネリーとシアーの姉妹と出会う。
果実や菓子などの置かれた卓の前に居座っていた。
二人はそれぞれ片手に皿を持っていて、盛りつけなど一切無視されて菓子が積まれている。
俺に気づいたネリーが顔を上げる。口元は食べ滓がついていて、ネリーに釣られて顔を上げたシアーも似たような顔だ。
「おかえりー」
「えり〜」
そんな気の抜けた挨拶をされた。
「ただいま……それにしても、よく食べるな。腹を壊すぞ」
「大丈夫大丈夫。甘い物は別腹って言うし」
食べるのをやめる気がないのは、よく分かった。
しかし、この姉妹にも随分と世話になった気がしなくもない。本当なら、こっちが面倒を見ないといけないような立場にいたにも関わらず。
「ランセル」
呼ばれる。シアーにだ。問い返すように顔を向けて目を合わせる。
シアーの青い円らな瞳は、確かに俺の目を見返していた。
「これでお別れ?」
シアーの問いかけに、ネリーが驚き顔になる。俺よりも驚いているのかもしれない。
ともあれ頷き返す。それにしても、シアーが気づくのは少し意外だった。
もっとぼんやりした子だと思っていたが、今の今まで間違えていたのかもしれない。
「やっぱりランセルのことも忘れちゃうの?」
「ああ」
「お菓子を買ってくれたのも?」
「そうだな」
そういえば、そんなこともあったな。随分、昔の出来事のように感じられた。
シアーたちにとってはどうなのかは分からない。
「忘れたのにも……気づかなくなっちゃうんだよね?」
「……いたことさえ、知らなくなるんだ」
シアーは黙ってしまう。眉根を下げた彼女にかける言葉が思い浮かばない。
忘れられるのは、エターナルである以上は例外のない運命だ。
ロウエターナルたちはすでに有耶無耶になっているし、それでも俺たちがまだ留まっているから有耶無耶で済んでいる。
最終的に残るのはミニオンの記憶ぐらいだろう。それさえ、きっと正体不明のスピリットのような記憶に差し替えられてしまう。
『世界』と『再生』については不明だ。上位永遠神剣が砕けるのは珍しく、俺にとっても初めての出来事だ。
それでも、おそらくは消える。もっとも、答えを知りたいとも思えなかった。
「そういう暗いのはなし!」
ネリーが突然立ち上がるなり俺の背を強く叩く。痛くはないが、大きな音がする。
表情はシアーと反対。少しだけぎこちなく見えたのは、俺自身のせいかもしれない。
「ネリー……」
「これでお別れなら、笑ってさよならしよう。ね?」
「うん……そうだよね」
合点したらしいシアーが服のポケットに手を突っ込む。
「これ……あげる」
小さな掌の上に乗っていたのは、白い紙の包み。
受け取って、開いてみるとやはり小さな焼き菓子が二つあった。
おそらくシアーが普段から持ち歩いている菓子だ。
「いいのか?」
「うん。ランセルは食べたお菓子の味を忘れないんだよね?」
その通りだ。俺は覚えている。
菓子を一つ口に放り込む。ゆっくりと噛み砕いて、しっかりと味わう。
少し硬くて粉っぽい焼き菓子。食べ慣れないから元の味が分からない。けれど。
「……甘いな」
嫌な甘さではない。口に広がる甘さは優しい。
二つ目も食べる。甘い優しさはそのまま姉妹の優しさなのか。
そう思ってしまうのは……これが別れだから。でなければ、どうかしてる。
「二人はこれからどうする?」
「お菓子を食べてるに決まってるじゃん」
「いや……将来の話だ」
「んー」
姉妹は目を合わせる。考え込むような声を出す二人は、思案するように答えてきた。
「軍に残ってると思うよ。他に行くところもないし。でも、これからはネリーの時代だよね!」
「そうか?」
「そうだよ! 時代の風はネリーへの追い風になってるし、くーるだし!」
よく、分からない。根拠も言い分も。
しかしセリアらが退役を考えている以上、ネリーたちの世代が引っ張っていく時はいずれやってくる。
……その時はネリーくーるが引っ張っていくのか?
正直、不安には思うが口に出せなかった。
「シアーも軍に?」
「うん。ネリーと一緒がいい」
分かりやすい答えだ。
大丈夫だろう……結局、そう考えることにした。
「……じゃあ、ありがとう。元気でな」
二人がにっこりと微笑む。その笑顔を最後に二人と別れる。
振り返ってみれば、ラキオスに身を寄せてから早いうちに話せるようになったのは、この姉妹だ。
あっちは微塵にも思っていないだろうが、考えてた以上に世話になっていたのか。
だが、それも残り少しだ。すぐに消えてしまう。
「ランセル様」
呼びかけられる。声のほうを向くとヘリオンとナナルゥがいた。
ヘリオンはお辞儀を、ナナルゥは会釈をしてくる。
「……顔色が優れていないようですが」
ナナルゥに開口一番、そう言われた。
そんなことはないと思うが……どうしても暗い方向に話を考えているせいかもしれない。
しっかりしなくては。
「心配してくれたのか?」
「気にしては変でしょうか」
そんなことはない。ないのだが。
「ヘリオンもだけど、最初の頃の印象と大分変わったと思って」
「それはお互い様でしょう」
「……違いない」
俺たちは大きく変わっていた。現状維持という言葉は相応しくない。
「私も変わったんですか?」
ヘリオンが訊いてくる。
思い浮かんだ感想をそのままに口に出す。
「逞しくなったよ、本当に」
ヘリオンの横に立つナナルゥも頷く。
どこか抜けているのは変わらないけれど、芯の部分は強くなったと思う。
こういうのを成長したと言うんだろう。そこまでは口に出さないが。
不意に、不安を感じていたのが無意味に思えた。
彼女たちは変わっていた。これからも変わっていくだろう。今ですら変わっていく途上。
今日の思い込みが明日には通用しなくなる日もあるかもしれない。
今だけを切り取って考えてみても、それでは不十分だ。そして去る者は残る者を信じればいいのだろう。
「……二人にも世話になったな」
「急にどうしたんですか?」
ヘリオンの問いかけを補足するように、ナナルゥが言葉を被せてくる。
「……今日、発つのですか?」
頷き返す。ナナルゥは特に表情を変えず、ヘリオンは大きな目をさらに大きく見開く。
「えっと……あの、急じゃないですか?」
「そうでもない。それに長引かせても仕方がないだろ」
少し違う。長く留まるのも、きっと辛くなってしまうから。
この世界で築かれた関係は大切であるからこそ。
「……不謹慎な言い方だけど。みんなと過ごせて、俺は楽しかったんだと思う」
素直に喜べないのはその裏で消えた命が、奪ってきた命があるから。
俺はまだしも、彼女たちはこれからそのことを自身に問うかもしれない。外から問われることもあるのかもしれない。
命の対価は、果たして。
「悔いになっていないのなら、それで結構です」
と、ナナルゥが答えてきていた。
解釈に困る言われ方だが、しかし間違えてはいない気がする。
この二人のほうこそ、悔いをしなければいいが。理由も事情も別に、彼女たちは同族たちを殺すことで生き抜いたのだから。
「二人はこれからどうしていく?」
「軍に残ります。その過程で学べることは学んでいくつもりですが、ヘリオンは?」
「私も軍のお世話になろうと思います。剣の道は遠いですからね。もしも……」
ヘリオンが小さく呟く。
「この剣が誰かを生かせるなら……人の役に立てるのなら、私はそれを目指したいんです」
ナナルゥは進む道を定めるために、ヘリオンは決めた道を進むために。そんなところか。
いい傾向だと思う。こういうのはきっと、楽しい。辛いことがあったにしても、総じて見れば。
「じゃあ……これでお別れだ。色々とあったけど、ありがとう」
「いえ……そちらもお元気で」
また一つ、終わる。
けれど、これは必要なこと。別れは誰にでも、どこにでも訪れる。
喧騒の場から一度離れた。人の輪から外れても、騒々しさはほとんど変わらない。
視線を巡らす。目に止まったのは、白い服の二人組。
同じように輪から外れて、片方は煙草を吹かしていた。
ヨーティア女史とイオだ。二人にも挨拶をせねばなるまい。
近づくと、イオがこちらを見つけた。目を伏せるようにして、たおやかに微笑まれる。
女史も俺に気づいた。
「よう、エターナル。最近会ってなかった気がするんだけど、元気かい?」
「ええ、それなりに。そっちこそ大人しいじゃないですか」
「私は夜が本領発揮だからね」
横のイオが困ったように首を横に振る。
なんとなく納得してしまう。酒が振るわれる予定があるのだろう。
そう考えれば、まだ騒ぐには早いとでも考えているのかもしれない。
「しかし、ランセルがエターナルだったとはね。こんなことなら、もっとよく調べとくんだったよ」
「……体の構成自体はエトランジェやスピリットと大差ないですよ」
「どうかな。まあ、貴重な体験ができただけでもよしとするさ」
おかしそうに女史は笑う。仮に――エターナルのことを文献に残していたとしても、それも初めからなかったものとして消える。
ふと、イオが尋ねてくる。
「……あの頃が懐かしくはありませんか?」
「あの頃?」
「人間かエトランジェかで悩んでいた頃ですよ」
「ああ、確かにな。結局、どっちでもなかったのに、何を悩んでいたのやら」
一度分かってしまうと、なんでもないことなのに。
それでも、俺はどこかで人間だと思っていたかった。そうすればアズマリアと同じ場所に立てていたのだから。
「……自分が特殊だなんて考えたくなかったのかな」
答えたのは女史だった。
「ふうん……まあ、気持ちは分からないでもないけど。普通だろうと特別だろうと私はあんまり気にしないけどね」
女史はイオを見る。それから、もう一度俺を。
「エターナルとしてのランセルに訊いておきたいんだけど、レスティーナ陛下の方針は知ってるかな?」
「統一王国を建設して、エーテル技術を放棄するという?」
「ああ。私としてはエーテル技術の放棄は大賛成だ。あれはこの世界には重すぎる技術だからね」
その通りだ。加えて、外から持ち込まれた本来あり得ないはずの技術。到達するにはまだ早い領域だった。
「俺も現時点での放棄には賛成です。でも、それに反対する者もきっと出てくる」
封印するのは口で言うほど容易くはない。当然、反発も出てくるだろうし、すでにそれに向けた動きさえ水面下で起きているのかもしれない。
大体にして、与えられた技術などと言っても、利用する者が素直にそう受け止めてくれるのか。
存在にいくらかの違和感を残しながらも、それ以上の利便性をもってエーテル技術はこの世界に普及し浸透してしまっている。
「あくまで最悪……内戦も考えたほうがいいでしょう」
「……笑えない話だね。陛下もそれを分かっての決断なんだろうけど」
「でしょうね。でも、本当にこの世界を大切にしたいなら、エーテル技術は忘れてしまったほうがいい。利用するにしても……自分たちで一からそこに辿り着けるまでは」
そうするには長い時間を必要とするだろう。
確実にヨーティア女史やレスティーナ陛下は過去の人間になるほどの時間が経過するぐらいには。
時間の積み重ねが再びエーテル技術を必要とするなら、それでもいいと思う。
大切なのは、自分たちの選択であり決定である点。
それがもしも破滅への道だとしても……それが世界に生きる命の選択だ。たとえ、過ちだとしても自分たちによる。
「問われ続けるのは今も昔も変わらないってわけだね」
女史が呟く。髪をかき上げ、紫煙を天に向けて吹き上げる。
「私たち科学者の責任も重いわけだ……ランセル、あんたは蓋が消えた後にこの世界に立ち寄る予定は?」
「戻れるなら、一度は立ち寄りますよ」
「なら、せめてがっかりさせないようにはしないとね」
女史は煙草を足下の床ですり潰し、吸い殻は懐から取り出したそれ用らしい入れ物に突っ込む。
「そういえば、いつこの世界を離れるつもりだい?」
「今日にでも」
女史が珍しくも驚いたような顔をする。イオも少しだけ表情を硬くしたような気がした。
「そうか……私たちには止める理由もないけど」
「ええ……ですがランセル様。差し出がましいとは思いますが、アリカとはちゃんと話をしておくように」
イオに釘を刺されるが、言われるまでもない。そうするまでは、この世界から離れる気はないのだから。
「分かってる……何かあった時はあいつのことを頼む」
「畏まりました。ですが心配は要らないでしょう。彼女はしっかりしてますから」
違いない。だから本当は心配はしていなかった。
この世界に関しても、それは言える。全てがうまくいくとは思わないけど、それでも悲惨な事態にはきっとならない。
そうあって欲しいだけにしても、そう信じる。だから見届けはしない。
長い時間が経った時に、この世界の移り変わりを見るつもりだとしても。
「俺はこの辺りで」
「そうかい。後は任せときな」
「がっかりされないように努めましょう……では、ごきげんよう」
そうして別れる。この二人は、人とスピリットでありながら、共に同じ道を進んでいた。
そして、それぞれが最前に立っていくだろう。それぞれの種族たちの中で。
道標なのか……どうなのだろう。けれど、多くの者がその背を追うのだろう。いつか追いつき、抜かしていくために。
そんなことを考えているうちに、ウルカとオルファと行き会った。
二人は手を繋いでいて、オルファは疲れているのか目蓋がいつもより閉じている。眠たいのかもしれない。
「これはランセル殿」
ウルカが丁寧にお辞儀をしてくる。
一緒にいたオルファもウルカの見様見真似で同じようにお辞儀をした。
この二人も奇妙な縁で結びついている。
確かウルカをダスカトロン大砂漠で保護したのもオルファだし、その後も何かとオルファがウルカの面倒を見ていた。
見た目の年齢差だけで考えれば、立場は逆になろうものなのに。
ウルカの作った料理を断ろうとしてオルファに怒られたのも、今ではいい思い出になるのかもしれない。
「眠たそうだな」
「ソーン・リームでの決戦が終わってから、こんな調子が続いておりまして」
オルファの代わりにウルカが不安げに答える。
決戦後はすぐにラキオスから離れてしまったから知らなかった。
こちらを見上げるオルファの表情は、やはりいつもと違う。
「オルファね……あの場所になんだか大切なものを置いて来ちゃったような気がするの。それになんだか悲しいこともあったんじゃないかって」
「どうして、そんな風に?」
「分かんない……でも、オルファにはなんとなく分かるの」
なんとなくでは、まるで答えになっていないが。
しかし、言われてみればオルファの様子は塞ぎ込んでいるようにも捉えられる。
その理由にはやはり至らないのだが。
「あそこにあった永遠神剣は『再生』……だったんだよね?」
首肯すると、オルファは俯くように視線を逸らした。
別にこっちに落ち度はないはずだが、何故か空気が重たく感じる。
そんな雰囲気を変えるようにウルカが話かけてきた。
「そういえば、ランセル様は今までどこに?」
「……墓参りだよ」
ウルカは首を傾げ、オルファは顔を上げる。
これはこれで決して明るい話題ではないのだが。
「事の顛末を伝えたい相手が二人いたんだ」
「その二人って……人間? それともスピリット?」
「両方だよ」
アズマリアと『犠牲』のアリカ、この戦いでの犠牲者。
オルファがまっすぐに問うてくる。
「人間は……死んだらどうなるの?」
「オルファ殿?」
「人間はどこに行くんだろう……ハイペリア? それとも私たちみたいにどこかに還るのかな?」
オルファは首を横に振ってから続ける。
「私たちスピリットは『再生』に還ってたけど、『再生』がないなら今の私たちも死んだらどうなっちゃうのかな?」
オルファの問いかけは、多分誰にも答えの出せないものだった。
いや……答えは誰にでも出せるのだろう。それがどれだけ真実に近いのかは別にすれば。
分からない。死後は死後の世界でしかなく、それは理解の及ばない範囲だった。そも、死後の世界などが存在するのかさえも。
「『再生』は何を考えてたのかな」
不思議な笑い方でオルファは呟く。泣きそうだったり疲れきってるようにも見える、凄惨なんて言葉が浮かぶような笑み。
真実は分からないけれど。
「『再生』は生きて欲しかったんだろう」
自分の思った答えを口に出す。
スピリットに生殖能力が与えられたのは、つまりは生きていけるようにするためだと思う。
子どもを残して、その子どもが孫を残せていけるように。種が絶えずに、希望が後にも残るようにと。
「本当は誰にでも死んで欲しくなかった。少なくとも自然の摂理に逆らうような死に方はして欲しくなかったんじゃないのかな」
真実は分からない。けれど、この世界で起きた戦争による死は、自然の摂理とはかけ離れていると思う。
命が循環するならば、それは正しい流れみたいなのがあるのではないか。
『再生』ならば、あるいはそれが分かったのかもしれない。
「生きて……そうだよね」
オルファは呟く。この短い時間の間に大分落ち着いたように見える。
「生きるなら楽しまなきゃだめだろ」
「……うん。そうだよね!」
オルファは満面の笑みで頷く。やはり、こうでなくてはいけない。
「そうと決まったら、何か食べようよ。急にお腹すいて来ちゃった」
「では……それではランセル殿」
「ああ」
送り出す。これが最後の別れだとは思ったけれど、何も言わないでいいような気がした。
「じゃあ、また後でね。行こう、ウルカ!」
オルファが力強くウルカの手を引いていく。
退かれながら、ウルカが早口に言い残していく。
「ご壮健であられますように」
「……ああ、ウルカも」
これで最後だと、ウルカは言わずとも気づいたのかもしれない。
それにしてもオルファの問いかけは、まるで『再生』そのものからの問いかけのようでもあった。
【あの妖精たち……】
(どうかしたのか?)
【いや……今となっては、もう関係ないに半ば等しい。しかし絡んだ糸はやはり一つに集まるのか】
『律令』が納得したように呟く。
訊いても詳しいことは教えてくれそうにない気がした。それはそれでいいのかもしれない。
「あと少しか」
最後に話しておきたい相手はそう多くない。
故にこの世界に留まる時間も、それほど残されてはいなかった。
悔いはない。寂しさもない。ただ、何も感じないわけでもない。当てはまる言葉を知らないだけで。
今一度、喧騒の場に戻る。
残りはエターナルと……いた。
コウインとキョウコだ。二人の他には稲妻の面子が数人。クォーリンや確かイオから神剣通信を学んだ者たち。
今日子のすぐ隣にクォーリンがいるのが、妙に珍しく思えた。
和気藹々としていて、今の俺は場違いかもしれない。そう思った矢先にコウインに見つかった。
「いいところに来た、こっち来いよ」
呼ばれた。何がいいところなのかは知らないが。
近づくなり、すぐに話に巻き込まれた。
内容は今後の展望だったり現在の情勢だとか。戦争が終わったから先の話だ。
「まだまだ問題が山積みだな……食糧問題もあれば、技術放棄もあるからな」
そう言いつつ、コウインは他の問題点も挙げていく。
例えば、統一女王を中心とする政治系統の整理や、貴族や官僚に対する締め付けや不正対策。
スピリットたちに対する権利保障や、教育の必要性等々。
加えて現在のラキオス城の位置は大陸全土で考えれば、北方に離れすぎている嫌いがあった。
技術放棄に伴う不満分子への対応もある。産みの苦しみと言えばそれまでだが、無視できない点なのは確かだ。
他にもダスカトロン大砂漠の拡大。
エーテル技術を放棄すれば現在よりも拡大する可能性は大幅に減るが、拡大した砂漠を緑化できるかはまったく別問題となる。
マナは有限な上に、長い年月をかけて元の総量からも減少していた。
「よくこれだけ問題があって、こんな戦争やってられたわね……」
キョウコが呆れたように言う。それに対してコウインが頭を振った。
「問題があるからこそ、戦争での解決を求めたのかもしれないぞ。足りない物は余所から奪えって具合にだな」
「なんか無茶苦茶……でもないのか」
「ああ。あっちでも戦争はそうやって起きてたからな」
あっちというのはハイペリアを指すのだろう。
どこの世界でも人間という生き物は闘争に身を置かねば気が済まないのだろうか……。
「問題が多いからって解決できないわけじゃない。これからは今までと違った形での取り組み方になるけど、お互い上手くやっていこうぜ」
コウインがそうまとめる。それはいい。
だが、今の言い方だとコウインと、もしかしたらキョウコもこの世界に残るような言い方だ。
訊くか迷ったが、尋ねるのも今しかなかった。
「お前たちは帰らないのか?」
カオリが帰れたのだから二人が帰れない理由はない。
実際には門を開くのに適した周期は存在するが、それとて適したに過ぎなかった。
トキミだっているのだし、門をもう一度開き直すのは難しくなければ不可能ではないのに。
「それも考えたんだけどさ……残ったほうがいいように思えて。いや、違うな。俺たちがここに残りたいんだ」
コウインの言葉にキョウコも同意する。
「本当は私たちだって元の世界に帰ったほうがいいかもしれないのは分かってるつもり。でも、それじゃ途中で投げ出してるみたいで目覚めが悪いのよ。あんまり上手く言えないけど」
「……責任を感じてるのか?」
「どうかな。そういう小難しいことじゃなくて……単純にいたいのね」
「ここまで関わってくると、最後まで付き合ってやりたいしな」
蓋が完成したら帰れなくなってしまうのを承知の上で言ってはいるのだろう。
しかし、留まるというのはやはり考え物だ。
「未練はないのか? 一時の感情に流されて言ってるようなら考え直したほうがいい」
「流されてるわけじゃないな……俺も今日子も」
「心残りが全くないって言ったら嘘になっちゃうけどね。でも……私はこの世界で生きてみたい」
「決意は固いみたいだな」
なれば、今になって俺がどうこう言うのも無粋でしかなかった。
自分たちで選んだ選択ならば、それでいい。
少し、二人が羨ましかった。俺にはできない生き方だ。
永遠はそれ自体が生を縛る。否、永遠に縛られているのも俺自身の意思なのかもしれないが。
仮に俺がこの世界に留まったら……俺は全員の死に目に迎えなければならない。そうしてなお俺は生き続ける。
隣に並ぶ者などいない。だから俺はアリカに永遠など知って欲しくない。
「コウインもキョウコも……稲妻のみんなも。ここがみんなの世界だ。大切にな」
「じゃあ、お前がいつか戻ってきた時にがっかりしないように頑張ってみますか」
「軽く数千年は後の話になるけど……そうだな、楽しみにしておく」
数千年。長いか短いかは別に、いつかは訪れるはずの時。
俺がその時まで消滅せずにいられるのか、価値観がどうなっているのかは分からない。
ただ……せめて、一連の戦いが無為でないのを願うばかりだ。真実が語られることはなくとも。
「幸あらんことを」
「そっちこそ元気でな」
別れの言葉を互いに告げる。去る者にできるのは、信じるだけだ。
離れる。あと少し。残りわずかの時間は、容赦なく減っていく。
端のほうにアセリアとエスペリアの姿を見つける。
自然と足がそちらに向いていて、それを意識したのは二人のすぐ側に来てからだ。
アセリアは佇むようにこちらを見ていた。
エスペリアは普段通りのメイド服で、見た印象ではントゥシトラの炎による後遺症はないようだ。
それぞれ挨拶を交わしたところで、アセリアが言ってきた。
「ランセルが教えたのか? エスペリアに私のことを」
「そうだ……迷惑な真似をしたかもしれない」
「ん……問題ない」
アセリアはエスペリアの顔を見てから続ける。
「エスペリアはどうだったんだ? 私が一緒に暮らしていたと聞いて」
「不思議な感じはしましたね……でも言われてみると、自然と納得はできたんです。おかしな話かもしれませんが」
それでも実感はきっとないのだろう。そんな気がする。
けれども確信はある。こんなところか。
「……エスペリア。お願いがある」
ふとアセリアが改まったように言う。
エスペリアも視線を質してから答える。
「なんなりと仰ってください」
「様付けはしないでほしい」
「では……アセリアさんでよろしいでしょうか?」
「呼び捨てで」
「それは……さすがにできかねます」
「でも、前ならエスペリアは私をアセリアと呼んでくれた。私がこの世界にいる間だけでいい……だめ?」
沈黙。しばらくしてからの答えは、ため息だった。
「仕方ありませんね……アセリア。これでよろしいですか、アセリア?」
「ん……それがいい」
アセリアは小さく笑う。一方のエスペリアはどこか苦笑めいていた。
……呼び方を同じにしても、彼女たちは過去と同じ関係に戻れはしない。
それでも、こういうこと自体はどこか羨ましく見えなくもなかった。
「そういえばユートたちはどこに?」
「ユートとトキミはレスティーナ女王と話し込んでたけど、そろそろ戻ってきてると思う」
ならば、これを最後にしよう。アセリアもそうだが、これからは敵になるかもしれない二人と最後に話して、それから。
「ランセルはいつ行く?」
「遅くともそっちよりは先に出ていく。蓋に閉じこめられたら敵わないし、そっちだって俺がいつまでもいたら気がかりだろう?」
「そうか……また、どこかで会うのかな?」
「……どうかな。世界は俺たちが考えてる以上に広いから」
それに、ひょっとしたら二度と会わないほうがいいのかもしれない。
次も味方同士という保証はどこにもないのだから。そうでなくとも、未来は分からない。
足が自然と離れていく。背を向ける。そのまま行こうとして、アセリアの声が背中にかけられた。
「私たちは正しかったのかな」
今一度、振り返る。
「万人にとっての正しさなんてない。俺たちがやってきたことだって、見る者が変われば意味も変わる。秩序と混沌がそうだろう?」
どちらが真に正しいかは分からない。もしかしたら、どちらも間違えているのかもしれない。
そもそも、正解なんて本当はないのかもしれない。
この世界の戦いにだけ限定してもそうだ。どんな事情と理由があれ、戦争行為それ自体が過ちだったのかもしれない。
「答えなんてないんだ。だから、せめて自分たちが正しいと思うやり方をしていくしかない」
正解がないのなら、後悔をしないように。せめて自分に対してだけは肯定できるように。
……だから、正しいなんて言い方もまた間違えているのかもしれない。
結局、俺にもまだ答えがないというのだけが解ってしまう。
「あまり参考にならないな……どっちにしてもみんな、自分だけの答えを持っているんだ」
それを探すのか見つけるのか。それも、それぞれの話だ。
答えのない問いに答えを出せないまま、今度こそ背を向ける。
振り返れば――この手に取り零してきたものは少なくない。
それは些細であったり大切であったり、良いも悪いも混ざり合っていた。
一つ共通しているのは、取り零したものは二度と拾えない点だ。
悔いは……ある。それでも俺は間違えてはいないのだと思う。否定をすれば、零したものへの冒涜にすら繋がる。
「ランセル」
呼びかけられて、いつの間にか俯きがちになっていた顔を上げる。
二人のエターナルが立っていた。聖賢者ユートと時詠のトキミ。
同種にして、おそらく道を違えていく者たち。
「約束は守るようですね」
「約束?」
トキミの言葉にユートのほうが分からないといった表情をした。
「そっちより先にこの世界を出て行く約束だ。この世界に留まる理由はもうないし、俺もこの世界は好きだ」
それに、今の俺はいるだけで敵を引き寄せてしまう可能性が高い。だからこそ早々に出て行くべきだ。
「……行く当てはあるのか?」
「あると思うか?」
自分で言っておきながら意地の悪い返し方だ。
とはいえ、その気が本当にあるのなら、どこに寄らずとも立つことはできる。
「もうロウエターナルたちの所には戻らないのか?」
「戻ったら、今度こそ消されるからな」
「だったら……俺たちと来ないか?」
ユートの言葉にトキミは驚いた素振りをまったく見せなかった。
予期していたのか……いや、すでに知っていたと考えるべきか。
だとすれば、俺の答えも知っているのかもしれない。
「それもだめだ。やはり混沌とは相容れない。俺は秩序の目的そのものは否定してない。そこに至る過程を否定しただけだ」
秩序の目的は全ての永遠神剣を元の一本に戻すのが望みだ。
もしも、この体がいくつにも分かたれていたとして。それがどうにかすれば元通りになるというなら。
きっと俺も元に戻りたいと望むはずだから。
その過程で世界を滅ぼしてマナに変えていくのは承伏できないが。
「世界を滅ぼしていくのを是としているんじゃない。でも、永遠神剣が一つに戻りたがろうとするのは、それほど間違えた事じゃないはずだ」
「では、あなたは我々が間違えているとも?」
「そうも思わない。大本を親と考えるなら、別れ身は子どもだ。子どもはいつか親から離れていかないと」
適切な言い分ではないかもしれない。
しかし裏を返せば理屈はどちらにもあるし筋は通る。
要はどちらにもそれぞれの目的があるという、当たり前の現実があるだけだ。
ならばこそ、どちらにも協力をしないのが一番なのかもしれない。
といっても、今回の戦いで完全に秩序側とは敵対したので、敵ばかりが増えたと考えたほうがいい。
混沌側が、今後も俺を見逃すとは限らないのだ。
……それはいい。今重要なのは、こんな話じゃない。
「……それはそれとしてだ。二人には力になった。本当に感謝してる」
「いや……まあ、なんだか照れくさいな」
「感謝してもらえるのなら、感謝されておけばいいと思いますよ」
ユートは言うに及ばず、トキミにも。
未だにどこか信用できない面はあるものの、テムオリンとの戦いではトキミの手助けがなくては生き延びられなかっただろう。
振り返れば、色々あったものだ。
結局、俺もユートという男に巻き込まれて、今に至っているのかもしれない。
つくづく、人の運命など分からないものだ。
「……俺はもう行くよ。もう二度と会わないかもしれないし、案外とすぐに再開するかもしれない。どうなるかは分からないが、ここでお別れだ」
「会えるなら、俺はまた会いたいけどな」
「有り難い言葉だな……」
けれど、それは敵同士になっている時かもしれない。アリカの時はそうだった。
先のことは、少なくとも俺には分からない。
「ユート。アセリアを大切に……何を言ってるんだろうな、俺は」
そう言ったのは、ユートはやはり俺とまったく違うからだ。
ユートは、隣に並ぶ者を見つけられた。俺は誰も見つけていない。
その違いは、俺たちの行く末をそのまま変えているような気がする。
確証はない。しかし要因としては十分すぎる。
「……若人、汝は汝の道を歩みたまえ。かな」
喋りすぎている。自制しつつ、結局は最初の場所に戻る。別れを告げようと思っていた最初に。
「じゃあ……またどこかで」
「ああ、またな」
「お互いに納得のいく形で会えるといいですね」
「まったくだ」
そうして別れる。次に会う時は敵か味方か。今この瞬間にいくら考えても詮無いことではあった。
息を吐く。本当に次で最後だ。時間ばかりかけて、どこかで会いたくないように避けていたが。
こればかりは避けてはいけない。
いつか、この別れも必要だったと思える時が来ればいい。そうあって欲しいからこそ――。
アリカの姿を探す。神剣の気配も探っていく。
そうしてすぐにアリカを見つけ出す。
近づいていくと、アリカもすぐに俺を見つける。
幸か不幸か彼女は一人で……彼女もまた俺を捜していたようだった。
アリカは少しだけ驚いたような顔をして、それでも俺に微笑みかけてきた。
お互いに近づき合う。これが最後だ。
そう思うと、気分が重たくなる。それでも俺たちは。
「お帰りなさい」
「……ただいま」
続く言葉は同時に出ていた。
「外に――」
言葉が重なって、どちらも中途半端な部分で言葉が途切れる。
すぐにアリカに先を促す。息を呑んでから、彼女が言い直す。
「外に出ませんか? ここは人が多いですし……邪魔されたくないですから」
元より、そのつもりだった。
連れたって、城の廊下を抜けていく。人の喧騒が耳に届く。誰もが嬉しさを隠しきれていないようだ。
その中にあって、俺たちは異質だったかもしれない。
言葉もなく、それでいて歩調はお互いに早く。まるで何かから逃げようとしているかのように。
他の誰にも呼び止められることもなく、城の外に出る。
外は外で国民たちがこぞって祝宴を上げていた。驚き、それでいて何故だか微笑ましくさえ感じる。
明日のことは分からない。しかし今だけは……そんなところか。
「どこまで行く?」
「詰め所のほうに行きませんか?」
「そうだな……そうしよう」
あそこなら開けた場所もあるし、このお祭り騒ぎなら寄りつく者もいないだろう。
並んで歩き出してしばらくはやはり無言のままだった。
それでも途中で、アリカのほうから話しかけてきた。
「この数日、どこにいたんですか?」
「……イースペリアまで墓参りに」
「お墓?」
「ああ。どうしても最後に別れを言っておきたい相手が二人いて」
息を吐く。実際に行動しておきながら、墓参りという行為にそれほどの意味は感じていない。
失われた者の意思がいつまでも同じ場所に留まるなどと考えられないからだ。
だから、これはあくまで生者としての俺が行った、けじめとしての行動。
「話したことはなかったよな。イースペリアのアズマリア女王と……」
「もう一人のアリカ?」
アリカの顔を思わず見る。彼女は微笑のまま、俺を見ていた。
アズマリアはまだしも、もう一人のアリカについて話した覚えはなかったのに。
「ネリーとシアーに聞いたんですよ。何かの弾みで出てきたと言いますか」
「……黙ってて悪かった」
「どうして謝るんです? 私は私で、もう一人のアリカは私じゃないんですよ」
それはそうだが。触れてこなかった負い目のようなものがある。隠し事がばれていた後ろめたさというのか。
「なんだか運命めいてますよね」
「そうだな……」
偶然の産物だとしても。気の利いているのか利いていないのか、ちっとも分からない偶然だが。
今度はこちらからアリカに話しかける。
「アリカは……この先、何がしたいとかあるのか?」
「まだ何も決まってません。しばらくは軍に残って復興作業に着こうとは思っていますけど……」
アリカは空を見上げてから、視線を元の高さに下ろす。
「でも、軍はいつか抜けます。どうしても……戦いには辛い出来事も多かったですから。軍はどうしても戦いに近すぎます」
「そうか……」
アリカは多くを語らない。けれど、何があったかは知っている。
多くの戦友や部下を失い、大切な仲間さえ本当に殺そうとして。自身も陵辱されている。
それらの傷は、本当は今も癒えていない。一生癒えないかもしれない。
けれども、彼女はまた笑っていた。笑えるようになってくれた。
「俺はアリカに何かしてやれたのかな?」
「当たり前じゃないですか。前にも言ったのに……あなたがいてくれたから、今の私がいるんです」
そう言ってくれるアリカを、俺もまた傷つけてしまった。
道はすでに変わっていた。市街を抜け林道に。
いつの間にか人々の喧騒からは抜けて、代わりに木々の葉が揺すり合う音が聞こえる。
「ランセル……」
アリカが小さく呟く。彼女は柔らかな表情で伝えてくる。
「私はあなたが大好き。隊長やみんなとは違う意味で……好き」
「アリカ……」
「私の方もちゃんと言ってなかったから。この気持ちを教えてくれたのは他の誰でもないあなた……私の大切な人です」
言葉が出てこなかった。代わりに小さく息が漏れる。
とても大切なものを、俺は手放していく。それでも絶対に後悔しないと堅く望む。
それが俺にできる唯一。彼女を貶めないためにできる唯一。
足は詰め所の方角から少し外れて森に入り込んでいた。
この道は知っていた。ここは確か、あの場所に通じる。
「あ――」
どちらの呟きだったか。俺たちは光が射し込む場所に来ていた。
アリカが太陽を向く花を俺に見せ、俺が彼女に告白と別れを切り出したこの場所に。
どちらの足がここを目指していたのか……あるいは、互いが初めからここしかないと知っていたのか。
「……ここで俺たちは終わったんだ」
「違います」
アリカが頭を振る。
彼女は俯いていた。視線の先にはいつかの花がある。今も太陽のほうを向いていた。
アリカも同じように顔を上げる。
「ここから別々の一歩を始める……そう考えたほうがいいでしょう?」
「そうだな……その通りだ」
道を違え、しかしそれぞれの足で踏み固めて。
ここが俺たちの終わりであり、始まりの場所。
「ランセルは……これからどうするんです?」
「世界を見て回りたいとは思う。この世界に来て、俺も『律令』も本当は何も知らない、解ってないのを知った。だから、もっと見ていきたいんだ」
息を吐く。ため息ではない。
「嬉しいことも悲しいことも、楽しいことも辛いことも。全部ひっくるめて俺は知らないんだ。だから、まずは知っていくことから始めたい」
時間は永い。それでも全てを知るのは難しい。だが多くを知ることはできる。
見えるもの、見えないもの。今あるもの、すでに失われたもの、これから生まれるもの。全てはまだ未知の中に。
俺の道は決して輝かしくはない。しかし暗く先行きが覚束ないわけでもない。
ならば、手探りでも進んでいく。
「ランセル……」
「君を……俺は忘れない」
絶対に。二度と会うことはできなくとも、彼女から俺が消えてしまっても。
「君が俺を忘れても、俺はアリカを忘れない!」
大切だから。だから、この想いだけは絶対に。
「だったら……最後に一つ、わがままを聞いてくれませんか?」
「……ああ」
「口づけ……してみませんか?」
冗談じゃないのは、アリカの表情をよく見れば分かる。
少し、ほんの少しだけ彼女は震えていた。そうして、彼女が目を閉じた。
委ねられている。目を閉じて、彼女はその時を待つ。
迷う。どこにすればいいのかに。それでも迷った時間は短い。せいぜい、躊躇いと同じ程度の時間でしかない。
体を寄せて、閉じた目の上に唇を押し当てる。時間は短い。きっと短かった。
口を離して体も離すと、アリカがゆっくりと目蓋を開く。
「唇じゃ……ないんですね」
「それは他の誰かに残しておくんだ」
この先、アリカにもまた誰かとの出会いがやってくる。
唇はその時でいい。その誰かのために。
「でも……どうせなら……本当はもっと早くにして欲しかったです」
それには何も言えない。
ただ、もう十分だ。俺たちはこれで終わり――いや、始まりか。
それぞれのために、進んでいこう。
体から『律令』を引き抜き、力を収束する。
開くのは異世界への門。行き先は不明。だが、今はそれこそが頼もしくもある。
「離れて」
『律令』の剣身に文様が浮かぶ。収束した力が、門を出現させた。
人一人が通り抜けられる程度の小さい門……閂のような鍵が右側に三つ並んでいる。
開けと念じると、閂が一斉に回って外れる。そうして、門が開かれた。
風が吹いていた。この世界から門の向こうへと流れ出すように。
「……お元気で」
「ああ」
アリカが離れていく。門までのわずかな道のりの間、周囲を見回す。
この世界には眩しいぐらいの命が生きている。俺たちは、それを守れたのだろう。
その過程の、歩みが正しかったのか過ちだったのか。それはまだ分からない。
けれど命はいつだって、それこそ懸命だ。
門の直前まで来て、後ろを振り返る。風が強くなっていた。
アリカは風に揺れる髪を左手で押さえつけながら、俺を見送っていた。
片足が門の向こうに届く。後は吸い込まれるように引っ張られていくだけだ。
「ありがとう、アリカ」
アリカは首を二度横に振った。
彼女は、泣き笑いのような表情で。
「私はだめだったけど……いつかランセルにも!」
体の半分がすでに門を越えていた。
アリカの声が届く。切に、響く。
「ランセルにも……また大切な出会いがやってくる! だから……あなたに幸せな出会いを」
俺は、そんなアリカに笑いかけた。
君のこれからに、幸せを。
最後の言葉を。別れの言葉を。感謝の言葉を。
「さようなら」
最後に見えた空には太陽が輝き、一面が青く澄み渡っている。
今日もいい天気になりそうだった。
それぞれの道を、その空の下で生きていこう。
だから、さようなら。
終幕