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永遠のアセリア
Recordation of Suppressor


6話 賓客は高嶺の妹














 謁見の間には雑多な人間が集められていた。ラキオス国王はもとより名門貴族や新興貴族、身辺守護の近衛兵や戦争に関わった多くの兵士たち。
 その数は軽く百を下らない。人いきれで空間に異様な熱が篭っているが、それは必ずしも人いきれのせいばかりではなかった。
 もちろん茹だるような暑さに不満顔の者もいるし、他にも内心に一物持っている者もいるだろうが、少数派と言えるだろう。
 結局のところ、サルドバルトの併合は貴族たちにとっても、利益になっても不利益にはなりにくいからだ。
 だから、謁見の間は興奮に包まれていた。まるで酔っているようだ。ただし酒にではなく戦勝に。

「諸君らの活躍で、此度の戦では逆賊サルドバルト王国を打ち滅ぼした!」

 国王の言葉が謁見の間に響き渡る。諸君、が誰を指しているか知らないが、その響きには適切ではない者も多く含まれている気がした。
 興奮する周囲とは対照的にどこか冷ややかに様子を見守っているのが、ユートらスピリット隊の面々だ。
 矢面に立って戦うスピリット隊に、人間の熱狂など他人事でしかない。
 それにサルドバルトを攻めた理由――サーギオス帝国と同調して、同盟国のイースペリアをマナ消失により壊滅させたことに対する制裁、それが茶番でしかないのは他ならぬ彼女らがよく知っている。

「まずは諸君らの労を労いたいと思う。ラキオス国王として心より感謝したい!」

 表面をなぞるだけの言葉は、聞く者に感慨など与えはしない。
 仮に感謝しているとしても、期待通りサルドバルトを討ったからだろう。
 血を流すのはスピリット隊で、得をするのは権力者だけ。どこにでもある戦争の風景だ。
 俺はその様子をスピリット隊からは離れた位置から見ている。スピリット隊専属の訓練士の並ぶ列だ。
 普段なら訓練士まで呼ばれることは少ないが、今回の戦争はラキオス国王にとってはよほど大きい意味があったのだろう。
 戦争に関係したものとして、参列を許されていた。よく見ると他の訓練士たちもスピリット隊と同じように、呆れと冷たさの混じった目を国王に向けている。
 ……曲がりなりにも同職の彼らについて、俺はほとんど何も知らない。

「神聖な聖ヨト王家の血を継ぐ立場でありながら、私利私欲に走った結果、盟友イースペリア王国を卑劣にも裏切りマナ消失を引き起こしたサルドバルト王国は我らが正義の剣の前に屈した!」

 耳が痛い。まさか、こんな所で正義なんて単語を聞けるなんて思いもしなかった。
 ここまでくれば茶番もちょっとした悲劇に思えてくる。
 確かにユートたちを憎んでいない、レスティーナ王女に忠誠を誓ってもいい。
 しかし――この国王は別だ。そういえば何故、俺は国王を殺すという選択肢を持たなかったのだろう。
 それは非常に単純だ。あいつを殺しても、何も解決しないからだ。死者は二度と帰ってこない。

(だが、それでいいのか?)

 ここから国王のいる壇上までの距離と、そこに到達する所要時間を試算。その時間に基づいて、思考を働かせる。
 国王に近づこうとすれば、当然スピリット隊にも気づかれるはずだ。セリア辺りはおかしな動きを見せれば、すぐにでも意図に気づくだろう。
 そしてスピリット隊全員を相手にするなど、不可能だ。仮に気づかれるのが遅れたとしても、間に合うかは怪しい。
 確立はどんなに高くても五分にも満たないだろう。そして得るものは何もない。失うものもないかもしれないが。
 解っているつもりだ。今の自分の考えが愚にもつかない妄想なのは。
 目を閉じ視界を閉ざす。国王を意識の外へ追いやる。
 殺せない。護れない。動けない。進めない。何も、できない。してはいけない。

(襲撃? 暗殺? 冗談じゃない……そんなことがしたいわけじゃないだろ)

 気がつくと手が『鎮定』の柄に伸びそうになっていたので、元の位置に戻す。
 端から見れば不審な挙動かもしれないが、今はそれを気にしている時ではない。
 こういうのを気狂い、とでも言うのだろうか。
 どうかしてる。別に殺したいわけじゃない。そうに決まっている。なのに、こんな風に考えるなんて。

「しかし、これで聖ヨト王家の血を継ぐのは、このラキオス王国のみとなり、北方五国はようやく一つとなった! 正統なる血筋によって、在るべき姿に戻ったのだっ!」

 その代価は血とマナ。悲鳴と怨嗟。死去と喪失。破壊と荒廃。崩壊と消滅。そして少年の憤り。
 地図は新たに塗り替えられて、勝者は残り敗者は消え去るのみ。
 国王の言葉に沸く臣下の声は、異質な音として耳に届く。本当に異質なのは果たして何か。

「エトランジェよ、此度の働きは値千金と言えよう。何か褒美を取らせようではないか」

 上機嫌といった体で、国王は悠然とユートを見下ろす。対するユートは一言も発しなかった。
 ここからでは彼の表情は見えないが、案外と予想外の流れに戸惑っているのかもしれない。
 別の場所から口が挟まれ、短い沈黙は破られた。レスティーナ王女だ。

「父様、この者の妹を解放してはどうでしょうか?」
「妹とな……だが、それでは」
「いずれにせよ『求め』の制約から逃れることはできませんし、ラキオスから離れてどうにかなるものではないでしょう」
「そうではあるが……」
「それに、私もカオリの相手には飽きました。だから、ちょうど良い機会ではありませんか」

 レスティーナ王女は、本当に飽き飽きしたような態度を見せた。
 流れは王女が完全に握っている。ルーグゥ国王とレスティーナ王女の格の違いを垣間見たような気分だ。

「エトランジェ・ユートに異論はありませんね?」
「……はっ! ありがたき幸せ……」

 ユートは深々と頭を垂れる。カオリというのは妹だったのか……つまりエトランジェか。
 おそらく、今までは人質のような待遇だったのだろう。そういう扱いであるからには永遠神剣は所有してないはずだ。
 話がなし崩し的に進んでしまった国王は、悠人へと厳しい視線を向ける

「……良かろう。だがエトランジェよ、妙な気は起こすでないぞ」

 釘を刺すのは忘れていなかったが、その効果の程は定かではない。












 戦勝報告を兼ねた謁見の翌日。午前中はスピリットたちの訓練に費やしていた。
 北方五国を統一したラキオスは当面の間、治政を安定させ国力の拡充を図ることになる。
 土地を占領したからといって、それが即座に国力に直結するわけではないし、占領地の治安も重要だ。
 新たに確保された領土とマナが有効利用されるまでにどうしても時間がかかる。
 サーギオス帝国はサルドバルト落城以後は軍を挙げるでも抗議するでもなく、静かに鳴りを潜めていた。
 大陸南西の大国、マロリガン共和国も中立の立場を維持している。
 戦乱の機運は相変わらずで他国の動向も不透明ながら、今は小康状態に入っていた。嵐の前の静けさ、とでも言うべき空白の期間だ。
 そういう状況であるからこそ、スピリットへの訓練は念入りに行われていた。自分もまた、今回は教授する側でなく教授される側に回って。
 そして午後。第二詰め所の館では、スピリットたちによる会議が開かれていた。

「……つまり、もてなす方向で話を進めていいのね?」

 議事進行をしているのはヒミカだ。すなわち彼女が動議の提案者でもある。
 彼女が言い出したのは、ユートの妹であるカオリを歓迎したいということだ。なおユートの妹のカオリは、数日後に第一詰め所の館に送られると伝えられている。
 今は全員の意見を確認したところで、反対する者はいなかったが難色を示す者はいた。

「……めんどくさいけどね」
「ニム!?」

 独り言にしてはあまりに大きすぎる声に、隣のファーレーンが狼狽する。仮面をつけていても、目だけで感情の動きは読み取れた。
 彼女たちの関係は駄々っ子の妹と、控えめな姉といったところか。
 ニムントールの言動には慣れているのか、ヒミカは咳払いをして場を取り繕う。

「だけどニムも、手伝ってくれるのよね?」
「……仕方ないから」

 口を尖らせてニムントールは顔を逸らす。それでもいざといなれば手伝うのだろう。

「それじゃあ具体的にどうするかだけど……」
「カオリさまは女の子なんですよね〜? それなら〜、お菓子を焼いて差し上げたいんですけど〜」
「それならネリーも食べたーい」
「シアーも〜」

 手伝いはしないのか、と内心で思うが黙っておく。
 案の定、セリアが年少の二人に視線を送っている。強烈な威圧感を伴って。

「そんな目で睨まないでよ……」
「あなたたち、目的と趣旨は分かってるの?」
「あはは……大丈夫だよ。ねえシアー?」
「う、うん。大丈夫だよぉ……」

 どこか乾いた声なのは気にしないほうがいいのだろうか。いいのだろう。

「まあまあ、セリアさん。ちゃんとセリアさんの分も作りますから〜」
「私が気にしてるのはそこじゃないわよ」
「あれぇ、そうなんですか〜? てっきり、お菓子が足りなくなるのを心配してるのかと」
「ハリオン、あなた私をなんだと思ってるの?」
「冗談ですよ〜、そんなに睨まれたらお姉さん泣いちゃいますよぅ?」

 何か言い返そうとして諦めたのか毒気を抜かれたのか、セリアはがっくりと肩を落とした。
 ハリオンがそれを計算してるなら、大した策士だ。暢気に笑っているのを見ると、天然なのだろうとは思うが。
 計算の内だったら、なかなか嫌な性格だ。

「……ネリーたち、ちゃんとハリオンの手伝いはするのよ?」
「はーい」

 ネリーとシアーは声を揃えて同じように答える。不安も残るが大丈夫だと信用したい。

「ところでヒミカ、少しいいでしょうか?」
「どうしたの、ファーレーン」
「この件はユート様に伝えられたのですか?」
「まだユート様には伝えてないわ。先にこっちの総意を確認したかったし、ユート様が反対するとは思えないし」
「それはそうかもしれません。でも、それならこれから先はユート様たちも含めて相談したほうがいいのではないでしょうか? 私たちよりもユート様のほうがカオリ様に詳しいでしょう」

 ヒミカはどこか躊躇うような顔で思案した後、はっきりと頷く。

「ファーレーンの言う通りね。じゃあ、今からユート様たちに伝えてくるから、戻ってくるまで休憩」

 ヒミカの一声で、場の空気が柔らかくなる。ヒミカを含めた何人かは部屋から出て行く。
 俺はというと末席に座ったまま、することもないので水差しから注いだ水を飲んでいた。
 その時、前のほうの席に座っていたハリオンと目が合う。

「そういえば〜、ランセル様は何を手伝われるんですか〜?」

 不意に向けられた質問。手伝う気はあるし、やれと言われたことはやるが……俺に何ができるか。

「……料理ぐらいなら作れるけど、ハリオンたちが作るべきだろう」

 詰め所で出る料理、つまりスピリットたちが作る料理はそこらの店先で食べれる物よりも、ずっと味がいい。
 自分も料理は作れるが、味を比較するのは失礼というものだ。
 そうなると何ができる?

「ランセルさまは自分で料理をお作りになるんですか?」

 ハリオンとは別の声。感心とも興味とも取れる眼差しを向けるのはヘリオンだ。
 よく分からないが、大層なことでもないと思う。必要に迫られたから覚えた技術でもある。

「作れるには作れる。ハリオンたちより上手いとは思えないが」
「それでも作れるんですよね。私なんか、まだ満足にできたことがありませんから」

 料理なんて火をちゃんと通せば食べられる、とは言わないほうがいいのか。いいのだろう。
 それに自分が覚えたのは、あくまでも今までの任務の性質上である。自炊ができなくては野宿の時に何を食べろと。
 ヘリオンが料理を覚えようとするのは、あくまで(たしな)みに過ぎないのかもしれない。

「……作ってれば上手くなるだろう。初めから上手く作れるやつなんていない」
「そうですよ〜。ヘリオンさんは頑張り屋さんですから、すぐに上達しますよ〜」
「……そうですか?」
「そうですよぉ、私が保証しちゃいます」

 料理に関してなら、ハリオンの保証は非常に心強いだろう。
 ハリオンはゆったりとした口調で調理の仕方などを語っていき、ヘリオンは目を輝かせるように感心していた。
 確かにハリオンの言う内容は参考にすべき点が多い。
 そんな話を聞いてるうちに、部屋から出て行ったスピリットたちも戻ってき始め、最後にヒミカがユートたちを連れて戻ってきた。
 ユートは室内を一望して呟く。

「……こうやって戦争に関係ないことで、みんなが集まるのって新鮮だな」

 安堵の声。穏やかな響き。これを誰かは日常的と呼ぶのかもしれないし、逆に非日常と呼ぶのかもしれない。

「みんな、ありがとう。佳織のことに気を遣ってくれて」
「気にしないでください、ユート様。私たちがやりたいから、やろうとしているんです」
「そうですよ。気を使うなんてことは、ぜんぜんありませんよ」
「それに楽しそうだしね〜」

 口々に言いたいことを言っていく。これらの反応からもユートが好かれているのがよく判る。
 総意はまとまっているので、すぐに細部の内容について話し合いだす。
 とりあえず、今の段階ではっきりしてるのはカオリが到着した日の夕食は一同で会して食べるのと、ハリオンたちは菓子を作ること。
 それはいいのだが、大きな問題点があった。それをエスペリアが指摘する。

「でもヒミカ。これだけの大人数となると、室内での食事は難しくありませんか?」
「うっ……そう言われるとそうね」

 確かに二つの詰め所の人数にカオリを加えたら、この部屋では食事どころではないだろう。
 テーブルもそうだが、室内の空間も些か窮屈すぎるように思える。

「……なら外でやればいいじゃん。準備とか面倒だけど」
「あ、それって良いかも」
「違った雰囲気で外食もいいかもしれないわね」

 ニムントールの一言で、野外での食事に決定される。確かに野外といえど、いつもとは違った雰囲気での食事になるだろう。

「ユート様、ハイペリアでは、このような場合に何か特別なことをしないのでしょうか?」
「特別なこと……うーん、キャンプファイヤーとか?」
「キャンプファイヤー?」
「木を組んで、そこに火をつけるんだけど。大きさはこれぐらい」

 手で大まかな大きさを示す悠人。彼の説明は判りにくいので、思い浮かんだ連想を尋ねてみる。

「……篝火(かがりび)のことか?」
「そうだな、それに近いかも」
「なら、作れるかもしれないが……他に誰か作った経験は?」

 首を横に振るなり、作ったことがないという返事が異口同音に返ってくる。
 ……となれば、俺が作るべきなのだろう。することが何もないより気楽である。

「では俺がそのキャンプファイヤーとやらを組もう。ユート、当日は多少監督してくれ。別物を作られても困るだろう」
「ああ、分かった」
「しかし……どうして篝火を組むんだ? それに火をつけた後にどうする?」
「うーん……キャンプファイヤーはしきたりみたいなものかな。そういう野外で大人数が集まる時の。あとはみんなで火を囲んで歌を歌ったりとか、とにかくワイワイガヤガヤとするものなんだよ」
「ちょっとした祭りのようなものか。それに、しきたり……儀式的なようだし、そういうものか」

 十分に理解したかは怪しいが、納得はできる。
 そして話題は当日の食事の中身に変わっていた。俺はというと、それを聞きながらもキャンプファイヤーとやらをどう組み立てるか考え始めていた。












 闇を明々と照らす火を見つめる。大人の背と同じぐらいの高さに組まれた木組が、盛んに火の粉を散らしながら燃えていた。
 木組の周りを円陣で囲むように、みんなは座っている。さらに外環にあるのは暗く深みのある濃い闇。
 光源は燃える木組と天の月のみ。それでも明るさとしては十分である。
 ユートの妹のカオリが詰め所にやってきたのは、あれから三日後のことだ。その間に歓迎のための準備は当日の作業を除いて全て終わっていた。
 ユートに指示された通り、キャンプファイヤーという篝火の木組を作り終えたのが昨日の夕時。
 途中で運ばれてきた材木が伐りたての生乾きだったり、本場よりも大きく作りすぎていたが許容範囲ではあったようだ。

(よく燃える……)

 木組の中には二つの詰め所から集めた、古い紙などの可燃物を入れてある。
 そういえば、その紙の中に詰め所の勉強で使われた古い答案が混ざっていたらしい。答案に書かれた答えは間違えだらけだったとかなんだとか。
 誰がそれを混ぜたかはあえて聞かなかったが、青スピリットの二人がしばし姿を見せなかった。おそらく年長の一人が年少の一人を説教でもしていたのだろう。
 詳細はあずかり知らないが、それが案外と賢明な判断なのかもしれない。
 そして、その木組は今も燃え続けていた。闇夜を照らす火を見つめていると、これが信仰という側面もあるように思えてくる。
 もしかすると火を崇めているのかもしれない。以前に何かで読んだが火は命や再生の象徴だったような。

「ねえ、パパ。これからどうするの?」
「そうだなぁ……定番通りに行くなら……」

 木組を挟んだ反対側から、ユートとオルファの会話が聞こえてくる。
 明かりはあるので誰がどこにいるかは把握できるが、朱と黒の対比のせいで表情までは読み取れない。
 ちなみにオルファとは作業中に話す機会があったが、オルファリルと呼んだら短く呼ぶように注意されてしまった。

「ナナルゥ!」

 ユートが大声で呼びかけると、ナナルゥがすくりと立ち上がった。位置と暗さのせいか、表情までは読み取れそうにない。

「はい」
「よければみんなの前で草笛を聞かせてくれないか?」

 命令、と言わないのはユートだからだろうか。ナナルゥのシルエットが首肯するように動く。
 しかしナナルゥに草笛とは、少し意外な組み合わせでもあった。
 ナナルゥの影は足元を見ていたが目当てのものが見つからなかったらしく、離れた場所にある植え込みに向かう。
 その中から一本の木を見つめ、枝に手を伸ばした。そして一枚の葉を丁寧にむしり取る。
 木組の前に戻ってきた彼女は丁寧に一礼。

「……僭越ながら」

 葉を口に当て静かに旋律を奏でだす。透明感のある音楽が流れるように周囲に浸透していく。
 決して大きくはない音量だが、十分にみんなの耳に届いているようだった。
 それは感情を揺さぶる音色。心がこもっていると言えばいいのかもしれない。
 誰もが身動ぎ一つせず、その音に聴き惚れていた。
 やがて一人だけの演奏が終わると、誰とも言わず拍手が始まる。その音は幾重にも重なり響く。
 ナナルゥもまた動かなかった。彼女が周囲に何を感じているかは、彼女にしか分からないだろう。

「すごいですっ、ナナルゥさん!」

 勢いよく立ち上がったのは、主賓のカオリだった。彼女は感激してナナルゥの手を取る。
 ちょうど年長のスピリットと年少のスピリットの中間ぐらいの年齢らしく、幼さを残した顔立ちに眼鏡をかけていた。
 少し話した印象としては、ユートにあまり似ていない。こう言っては失礼かもしれないが。
 ……しかし人の趣味に口出しをしたくはないが、頭の被り物だけは非常に気になった。
 あれも何かの信仰なのだろうか? 機会があれば尋ねてみたいところだ。

「待てよ……佳織、ナナルゥ、ちょっといいか?」

 ユートが何かを思いついたのか、二人の側に駆け寄る。何か話しているようだが、その声音までは聞こえない。
 その時、他の誰かがこちらに近づいてきた。

「……シアー?」
「あ……」

 シアーは慌てて少し離れた場所に腰を下ろす。前から思っていたが、よく分からない部分がある。あっちもあっちで同じように思ってる気はするが。

「あの……」
「うん?」
「その……あの時」

 シアーが何か言い出そうとした時、再び音楽が流れ出した。
 今度は二種類の音色。草笛の音と……それとは別の笛の音。視線を外して音の出所を見るとナナルゥとカオリの二人だ。
 ナナルゥはやはり葉を使っての草笛で、カオリは初めて見る金属製の横笛を使っていた。
 即興の協奏は素晴らしく巧く、見事というしかない。初めて顔を合わせて、初めて一緒にやるというのにこれは。
 ……これを才能というのだろうか?
 だけど、聴き入ってばかりもいられない。

「……シアー、さっきは何が言いたかったんだ?」
「え? あ、えっとぉ……ありがとうございます……」
「……どうして?」
「だって……助けてもらいましたから……二回も」

 それはリュケイレムの森で初めて会った時と……サルドバルトでのことか? あの投石か?

「……今まで、ずっとそんなことを言おうとしていたのか?」
「……そんなことじゃないですよぉ」

 小声だ。だけどしっかりとした反論。普段が引っ込み思案なので意外だった。

「だけど、わざわざ礼なんか言わないでいいのに」
「でもセリアも、親切にされたらお礼を言うように〜って」
「親切か……」

 あれは親切心からきた行動だったのだろうか?
 あまりそうは思えないが、確かに俺はシアーを助けたという事実があり、彼女は俺に助けられたという事実がある。
 だったら素直に礼の言葉を受け取るべきか。例え、本当に謝意を向けられる必要がなくとも。……言えば晴れる気持ちだってある。

「分かった。なら、どういたしまして」

 シアーは嬉しそうに頷く。これでいいのだろう。あまり深く考えるような話でもない。
 協奏はなおも夜の闇を清澄な音で満たしていた。その音は何かの感情を喚起させる響きが確かにある。
 こういうのも良いのかもしれない。いつもと違う日は音楽の流れに乗って過ぎていく。











6話、了





2006年3月15日 第1期修正完了。
2006年3月16日 第2期修正完了。

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