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永遠のアセリア
Recordation of Suppressor


44話 時間よ、進め













 そこは不思議な空間だった。上下左右の方向感覚が曖昧で、自分が立っているのかさえ分からない。
 視界に瞬くのは無数の光。あまりの数に意識が酔いそうになる。夜空の中に落とされたかのような錯覚。
 ここはどこだろう……そもそも、どうして俺はここに。
 直前の記憶をすぐに思い出した。俺は――死んだのか?
 そうだろう。敵の攻撃は確実に俺の命を終わらせたはずだ。
 ならばここは、死後の世界?

【違う】

 重々しい音は神剣の意思だ。意思という名の声。

【主は死んでいない。今はまだ】
「意味深だな……」
【我らの終わりを定めるのも、また我ら自身だ。主が死を望むなら、それを終わりとしよう。だが、その前に主は思い出す必要がある】

 正面――方向があるとすれば、正面に青い扉が現れた。それだけが切り取られたように浮かんでいる。
 その左右も、後ろも夜空のままなのに変わりない。けれど、その扉はどこかに繋がっていると、確信する。

【主の過去を。過去を思い出し、その上で今という時間に答えを示すのだ】
「そうして……お前もまた、己に目を向ける。そうだろう、神剣?」
【……その通りだ】

 扉がゆっくりと開かれていく。扉の奥にあるのは白い光で、それが開かれていくに連れて漏れ出してくる。
 少しずつ、思い出していく。確実に、刻み込まれていく。

【我々の猶予期間は終わりだよ、ランセル】

 神剣が、俺の名を呼んだ。
 しかし本当に時間が必要だったのは、一体どちらだったのか。
 始まりから、思い出した。





 その世界は、終末に向かっていた。
 それを止める方法は、自分が生を受けた頃にはすでになくなっていたようだ。
 だから、緩やかではあったが終末は誰にも止められなかった。
 そもそも誰も終わりに向かっているなど考えてもいなかった。自分自身を含めて。
 世界は二つに分かれて、争っていた。
 理由はよく分からない。主義や思想の違いなのか、宗教的な問題なのか。それとも宗主同士の対立に端を発したのか。
 初めの理由はもう分からなくなっていたし、関係なくなってもいた。
 理由は関係なしに争って奪う、殺す。それ以外はどうでもよくなっていた、そんな世界。それ故の終末。
 その段階ですでに世界は終わっていたのだ――軌道修正など誰にもできない。
 そうするには、全てがあまりに手遅れだった。





 ある時、一つの戦いが生起した。
 戦い自体は別に珍しくない。そういうのは世界で数え切れないぐらいに発生している。
 その戦いも数えられることのない戦いの一つだった。
 戦いは存外に早く終わる。そして終わった後に、両の足で立っている者は皆無だった。
 敵も味方も関係ない。誰も彼もすでに息絶えていた。濃密な、血やよく解らないものが入り交じった死の臭いが充満している。
 ただ一人……少なくとも俺はまだ生きていたが、それも時間の問題だった。
 深手を負っていて、そのまま放っておくだけで死に至るのは間違いなかった。
 仰向けになって、空だけを見つめる。ずいぶんと味気のない生涯だったと思う。同時にそれでよかったのかもしれない、とも考える。
 こんな世界で一体どのような生を望めと言うのだろう。
 鈴の音のような音を聞いたのは、その時だ。
 いつからいたのか。敵味方の亡骸が入り乱れ折り重なる戦場を、白い少女は見下ろしていた。雲のように浮かんで。
 少女と目が合う。すると、少女は口の端だけで笑った。
 いつの間にか、少女はすぐ目の前に浮かんでいる。
 少女が何者かは気にならなかった。正直なところ、実像でも幻でも大差ないと考えていた。

「こんな坊やを選ぶなんて物好きなこと」

 少女は誰に向けてかは分からないが、そんなことを言う。
 坊やが自分を指しているらしいのは分かった。
 今度は俺に向かって話しかけてくる。

「坊や、あなたは生きたい? それとも死にたい?」

 白い少女は違う笑い方を見せた。口の端だけでなく、目元もどこか楽しげに。
 いくらか控えめな笑みはたおやかで、それでいて物騒な問いかけだった。

「……分からない」

 正直に答えた。
 生きたいとも死にたいとも思えない。どちらにも理由がなかった。
 投げやり、だったのだろう。当時の精神状態はそうとしか説明できない。

「そうですの。でも、坊やには今すぐ決めてもらわないと困りますわ」

 少女は手をかざした。すると、掌の先に剣が浮かんできた。
 形状は直剣。柄があって、剣身が長く伸びている。剣身だけで少女の背よりも長いのかもしれない。
 剣身には何か文字のような……いや、というよりも木の枝のような線が彫り込まれていた。
 剣が俺の頭上に浮かぶ。

「これは永遠神剣と呼ばれる剣。もしも坊やがまだ生きたいのなら、掴み取りなさいな。その代わり、その剣を得る以上は代償も必要と考えなさい」

 そして生きる気がないのなら触るな、ということか。
 頭上の剣は不思議だった。見ていると、吸い込まれそうな気分になる。
 触れたい、と思った。魅了されていたのかもしれない。
 少女は何をするでもなく、こちらを見ていた。それは、どことなく楽しげだ。

「一つ……教えて欲しい」
「言ってみなさい」
「もし……俺がこの剣を取らなかったら?」
「何も変わりませんわ。この世界はすぐに終わりを向かえて、光に戻るだけ」

 少女は相変わらず笑っていた。
 ようやく少女があるイメージと結びつく。それはあながち的外れではないと思う。
 白い少女は、神様によく似ていた。
 神様は別に人間に優しくなんかない。それ以上に自分勝手だ。
 それが自分の神様へのイメージ。そう思うと、白い少女の言葉をすんなりと納得してしまった。
 だから少女は気まぐれで話しかけてきたのと何も変わらない。俺が剣を取ろうと取らなかろうと、あまり関係ないんだ。
 そう思うと、おかしな話だが気は楽になった。

「剣よ……お前はどうされたい……?」

 人生というものを振り返ってみる。
 死にたくないから戦ってきた。でも、いざ死に瀕すると、それさえが滑稽に感じられる。
 ああ、なるほど。芯が、ないからだ。だから、こうも投げやりになれる。
 具体的な理由も目的も、俺にはない。
 そう考えると、生きようとする理由はあるような気がする。足りない部分を求めて、見つからない答えを探して。
 だとすれば、代償とは――。

「選びましたわね」

 剣にはまだ触れていなかった。しかし少女は続ける。

「坊やの心は生きることを願った……つまりは剣を取るということ」

 頭上の剣、その刃先が俺の体を向いた。反応する間もなく、剣が胸を貫いていた。

「う――」

 叫ぶ。痛みが全身を貫き、訳も解らずに叫んでもがいた。
 痛みで気を失えない。それとも気を失ったのにさえ気づいていないのか。
 恒常的に、体中に何かが刺さり引きちぎられるような痛み。
 崩れていく。俺だけではなく、大地が、空が。世界が震えて崩れていった。

「産みの苦しみと世界の恩讐を得て、あなたは変わる」

 痛みの中にあって、白い少女の声だけはよく聞こえた。
 やがて痛みが消されていく。頭の中に入り込んだ別の意識が、痛みを和らげていた。
 否、和らげてなどいない。痛みという感覚を、消していた。
 崩れた世界は光に変わっていく。光がもたらされる。
 光は虚空に消えていくものもあれば、いくつかが胸に突き刺さった剣に吸い込まれる。
 剣に貫かれた心臓が脈打つ。もはや、何がおかしいのか満足に考えることができなかった。

「おめでとう、若き永遠者。この世界はあなたの門出を祝福するためだけに在ったのですわ」

 体が組み替えられる。外見的なものではなく、内面から書き替えられていく。
 異質な存在へと変貌する。何か、大きな概念が自分から切り離された。
 世界という足場が壊れていく。その中にあって――自分だけが生まれ変わっていく。
 肉体が変わる。知識が増える。存在が変貌していく。
 それを見届けるは白い少女――神様は優しくなどない。
 世界が断末魔を上げている。地鳴りはさながら怨嗟か。それとも狂った祝詞か。

「私の名は法皇テムオリン。秩序の永遠者として、あなたを歓迎いたしますわ」






 そうして俺は自らの世界を代償に――エターナルになった。












【……思い出したか?】
「ああ……思い出したよ」

 自分がエターナルであったのを。エターナルへと変質してから、ずいぶん長い時間が経っていた。
 俺は――俺と神剣は逃げたんだ。エターナルという存在、その宿命から。
 エターナルになって幾星霜。
 その間に起きたことと言えば、常に戦いだ。それだけはどうしても切り離せない。
 だからこそ、だからこそなのだろう。
 ランセルという器は磨り減っていく。永きに渡る終わりの一向に見えない戦いがそうさせた。
 エターナルになって肉体的……正確には肉体はないのだが、そういった面では遙かに強靱になっていた。
 しかし、精神という大本はそれ以前と変わっていない。
 終わりの見えない戦いは俺自身を損耗させ、そして神剣は――。

【私もまた己の存在意義を見失っていた。私の生まれてきた理由を、果たすべき目的を、この名の意味を】
「『鎮定』……それでいいのか、まだ?」
「ああ、私は未だに『鎮定』だ」

 『鎮定』。否、その原型ともいうべき永遠神剣は自らに与えられた名に苦悩していた。そして自らの寄る辺に。自らの理由に。自らの目的に。
 あの神剣にして、この所有者あり。そんな状態だった。

「だから我々は秩序の陣営より離れた――」

 離れたではなく、逃げたというほうが適切だ。そう、まさしく逃避行だ。
 一体、何をどうすれば俺たちが満たされるのかは分からない。分からないままに逃げて、幾多の世界を渡った。
 時にロウのエターナルと剣を交えたこともある。あちらからすれば裏切り者を見逃す理由はない。
 もっとも、こちらが自発的に敵対する動きを見せてこなかったためか、追撃も積極的ではなかったように思う。
 それでも因縁というのか。エターナル同士はどうしても関わり合ってしまいやすいらしい。
 この世界に来る直前、一人のロウエターナルと居合わせた。
 接触こそ偶然……不運だったが、出会った以上、戦いは避けられなかった。
 相手は黒き刃のタキオス……法皇テムオリンの腹心だ。

【そうして主は深手を負った】

 しかしタキオスにも追撃を断念させるだけの傷を与えた。
 そして、俺の神剣には強制的に門を開く力が備わっていた。行き先が不安定な上に力を大きく消費する難こそあるが。
 そうして逃げ延びたのが……今の世界だ。
 法皇のシステムに組み込まれた世界だったのも偶然だが、ここまで来ると何か皮肉めいた悪戯に弄ばれていたような気もする。
 逃げていた相手の懐に、結局飛び込んでしまったのだから。

「そして俺は……あの男と出会ったのか」

 名前の発音が自分とよく似た男と。字義的には違ったが、音階という点では同一だった。
 男……まだ大人というより少年に近かった男は瀕死の重傷を負っていた。
 あれは――。




 雨が降っていた。小雨ではなく本降り。冷たく大粒の水滴は音を立てて落ちていた。
 足下はひどく不安定だ。そこかしこに剥き出しの土や石くれが転がって、いくつもの傾斜を作っている。雨に混じって土の臭いが強い。
 丘ではない。土砂崩れの跡だ。上から流れてきたのか、下にあったのが巻き込まれたのか、木の枝や幹が思い出したように飛び出している。
 そして、一人の少年がいた。全身が土で汚れていて、顔つきはよく分からない。ただ年齢と性別ぐらいを見分けられただけだ。
 それ以上を見分ける気もなかったのかもしれない。彼の足はおかしな方向に曲がり、今にも死にそうな顔をしていたからだ。
 事実、彼は助かりそうにない。それでも、すぐに死んだわけではない。

「あなたも……巻き込ま……」

 男は苦痛に顔を歪め、最後まで言えない。それでも、何が言いたいのかは判断できる。

「……そんなところだ」

 いくらか、俺も息が上がっている。タキオスから受けた剣は、右肩から右の腰を削り取っていた。
 神剣がマナを組み替えて治療に専念しているが、すぐに治るような怪我でもない。

「――死んじゃうんでしょうか、僕」

 少年は、俺にそう聞いてきた。否定して欲しいのだと一目で分かる。
 彼は涙声だった。気休めの言葉を、俺はかけられない。

「助からないな」
「……罰が当たったんだ」

 抑揚のない声で、彼は言う。

「罰?」
「女王様を……祖父様を裏切ろうと……」

 こちらから聞かずとも、彼は全てを話し出した。息も絶え絶えに、しかし熱に浮かされたように話す。実際、熱が出ていたのだと思う。
 例えば、彼の名前。自分と同じだったが、それについては敢えて何も言わなかった。
 家柄の話、家族の話。国の話。そして最後に罰の話。
 要約すると少年の親族……少年とその両親は国の女王を裏切って、隣国に何某かの機密を持ち込もうとした。
 彼の家柄は代々が王宮勤めで、国防にも多少顔が利いたらしい。
 戦力の配置図でも持ち出そうとしたのか……細部は関係ないが。
 そうして家族は亡命しようとして国境付近までやってきて、事故に遭った。
 不運な事故と言えばそれまでだ。
 だが、男の国には幸運だったのかもしれない。
 内通者が労せずとして……そして人知れず葬り去られるのだから。
 それから後は、譫言(うわごと)のように、死にたくない、と何度も言っていた。
 そして、それは中途半端な部分で途切れた。

「死にたくない」

 同じ言葉を口に出してみた。
 エターナルになった時、本当に同じ気持ちを俺は抱いていたのだろうか。
 俺は本当に……生きたかったのか? こんな風になって……いつ終わるかも分からない、永遠の闘争に身を投じて。

【応急処置はあらかた終わったが……主よ】
「どうした?」
【主は……平凡に生きたかったのではないか?】

 そう……だ。本当はそういう風に生きてみたかったのだと思う。
 エターナルになる以前から裏切り続けられた願いだとしても。

「お前は……自分が知りたかったんだよな」
【……そうだ。私は自分が何者であるか、意味を知りたい】

 だからこそ原初である永遠神剣にも還りたくない。この剣はそう考えるようになったのだろう。
 俺たちは揃いも揃って、現実とかけ離れた歪んだ思いを抱いていた。
 そして、俺たちは一つの可能性を選ぶ。





 神剣による周辺意識への介入はそれほど難しくない。少なくとも、俺の持っている神剣はそうだった。
 だから、俺たちは歪な願いを追いかけようとする。
 幸か不幸か、そこには同じ名前をした人間がいた――。
 元の人間の関係者を欺くのは容易かった。
 こうしてランセルというエターナルは、ランセルという人間に成り代わった。
 それから、この世界での一月が経った頃。ロウエターナルの追撃がなかったことから、さらに段階を進める。
 剣による枷を自らに与える。エターナルは元々世界に顕現する際、それぞれの世界の規則が適用される。
 その際に力も抑制されるが、その抑制をさらに強めた。
 エターナルとしての機能も抑えるために、マナへの適応も機能不全と呼べるまでに落とす。
 力を抑えれば他のエターナルに存在を感知される危険が減るのもある。
 そうして――最後にはエターナルとしての記憶を封じる。そうやって、俺は仮初めの、人間としての人生を得た。
 神剣も似たような事情だ。分かれ身に力の多くを与えることで本来の力を制限し、さらに意識を深層へと沈めていった。
 見つめ直す時間が必要だと、言って。そして名を『鎮定』へと改めた。
 『鎮定』曰く、それが彼の神剣を為す根幹としての要素らしい。
 ともあれ、こうして一時の安寧が得られた。
 永遠者としての時間で言えば、取るに足らないような時間……そのような時こそを切望していた。
 そうして、俺たちは「何も知らない」状態になる。






 けれど――歪な願いはどれだけ綺麗に取り繕っても、歪なのに変わりない。











 『鎮定』はロウエターナルの介入にいつからか気づいていたようだ。
 それでも俺をエターナルとして適応させ直そうとはしなかった。
 『鎮定』の意思によれば、それには理由がある。
 ロウエターナルが、こちらと関わろうとしてこなかったためだ。
 こちらに気づいていないはずはなかった。しかし、その上で干渉してこようとはしなかった。
 だからこそ、『鎮定』も干渉は極力避けることに決めたようである。
 もっとも、俺は自らの意思で剣を取って、法皇の仕組んだ戦いに介入していくのだが。
 皮肉めいた話だと思う。あれだけ苦心して手に入れた平穏をそれと知らずに、手放しているのだから。

【今の主には二つの選択肢がある。一つはエターナルとしての機能を取り戻すこと。もう一つはこのまま死を迎えることだ】
「……消滅してもいいのか?」
【主がそう望むならば。私は生きるのを強制しない。それにこの場で消滅を選べば、主はこの世界でランセルという存在として死ぬことができる】

 誰にも忘れられずに――誰かの記憶に残るランセルとして。
 エターナルであるからこそ、甘美な提案にも思えた。世界の記憶に刻まれるというのは。
 しかし、それはやはり間違えている。

「アリカやみんながどうなるのか分かっていての問いか……?」

 『鎮定』は答えない。
 このまま死んだら、俺を知っている者たちがそもそもいなくなってしまう。
 それなのに、自分を残してどんな意味があるんだ。

【ならば……法皇たちと戦えるのか? 熟慮して答えよ……その選択は我らの行く末を左右する】
「行く末を左右する? そんな場面、今までだって何度でもあったじゃないか」

 この一度だけを切り取って熟慮しろ、というのはおかしい。
 しかし、『鎮定』の言いたいことも分かる。ロウエターナルと争うのは本意でないからだ。
 そも『鎮定』の本来の名は秩序の陣営によく馴染んでいたように思う。
 間違いなく『鎮定』は俺以上にロウエターナルに思い入れがある。
 それでも、俺は。

「世界で必死に生きようとする命が、俺たちなんかのせいで簡単に終わっていいはずがないんだ」

 足場がないからこその永遠と、足場のあるからこその有限。
 その優劣など、俺には判じられない。
 だからこそ、俺は法皇の行為を過ちとして否定しよう。限りあるものを見下して辱める、その行為を。

「この世界で、どこでだっていい。必死で生きようとする命は消えてはいけない」

 現実はそれを許すほど優しくないのかもしれない。
 しかし、望むべき理由は確かに在る。

「今の世界に来て……俺は多くのことを知ったと思う。きっと自分自身のことも」

 エターナルとしての時間に比べれば、取るに足らない短さ。
 それなのに俺に与えた重みはずっと大きかった。
 多くの出会いと別れがあった。多くの笑顔があって、多くの悲しみもあって。感謝と悔悟に気づかされて。

「永遠が全てを与えてくれるわけじゃない。だけど永遠が与えてくれたものもある」

 有限もまた然り。この手に届くのは、いつだって多くない。
 そして大切だからこそ、手放される何かがあってもいいはずだ。
 選択の答えだ、神剣よ。俺は答えを見いだした。

「俺は戦う。この世界はあいつらが生きる世界で、俺たちが好き勝手に手を加えていいはずがない!」

 そのために、永遠者として戦うのも矛盾している話かもしれない。
 それでも俺は望む。この世界で生きてしまった永遠者として。
 たとえ、永遠者が世界に傷を与え奪うことしかできない存在だとしても。
 俺はエターナルである以前に、ランセルなのだ。

「お前は答えを出せたのか、『律令』!」






 神剣の――本当の名を呼んだ。












 セリアは今一度、エターナルとの実力差を痛感させられていた。文字通り、痛みを伴って。
 今やセリアは落伍して、ウルカとイオの二人が辛うじてメダリオに食らいついている状態だ。
 統べし聖剣シュンとの戦いでもそうだったが、セリアたちの攻撃はまるで通用しない。
 それなのにメダリオの剣は渾身の防御の上から、セリアたちを削り取っていく。
 今もそうだった。ウルカの連続攻撃を全ていなしながら、跳躍して位置取りするイオを追う。
 メダリオの反応は速い。彼女たちよりも遙かに。
 反応が速いから、自分たちの行動には全て対応される。

「これしきで……不甲斐ない!」

 セリアは体に鞭打って立ち上がる。
 勝算は乏しい。ナナルゥには前もって状況次第では後退して立て直すように指示してある。
 だからセリアは後先を考えなかった。それは決意を鈍らせる要因と見なして。
 捨て身の一撃をかければ、わずかでも隙が生まれるはずだ。そうすればイオかウルカが持ち直してくれる。
 そこまで思い、しかし彼女の行動は実行されなかった。
 それよりも先に、強力な神剣の気配を後ろの方角から感じ取る。
 慌てて振り返ったセリアは空高くから、光が落ちて来たのを見た。
 メダリオが動く。三人を無視して気配のほうへと向かう。
 遅れてイオたちもそれを追った。





 光を切り裂く。破れた光の先へと手を伸ばし、体を押し入れる。止まっていた時間が動き出す。
 体が本来あるべき状態へと戻っていく。力が体に満ち溢れてくるのを実感として得る。
 『鎮定』……いや、『律令』の声が聞こえてきた。

【分かれ身を呼び戻した上で……私と主の体を元の機能へと戻す】
「……どうして分かれ身を?」
【私の力もまた抑えている間に著しく低下している。特にマナ消失に巻き込まれたのが痛手だった】
「……イースペリアでのマナ消失か。もしかして、その時からすでに力を?」
【あの規模のマナ消失を、主と妖精の二人だけで切り抜けられるはずがなかろう】

 揶揄するかのような憎まれ口。しかし、確かに『律令』の言う通りか。
 当時のラキオススピリット隊は俺よりさらに遠くに避難し、全員で力を尽くしてどうにか事なきを得たという。
 俺が知らなかっただけで、あの段階で『鎮定』もまた本来の力を喪失していたのか。

【分かれ身が存在しないということは、死に至れば消滅する】
「そうか……けど、それこそが」

 本来あるべき姿なのかもしれない。
 終焉の可能性を共有するのは、俺にとっては真っ当なことと思えた。
 自身がエターナルである……そこにもはや違和感はない。
 納得もいった。ユートとアセリアが記憶から消えていないのも当然だ。
 エターナルである以上、二人の存在が記憶から消失するという条件そのものが適用されない。だからこそ俺は二人を忘れずにいた。
 そして今まで『鎮定』の力を深く引き出していたのは、本来のエターナルとしての力を発揮しようとして失敗していた結果だ。
 機能不全で力を発揮しようとすれば、どこかに変調を来たしてもおかしくない。

【本来なら、私の助力なしではあれだけの力も発揮できなかったのだが……主は変わった】
「そうは思えないが」
【変わった。本来なら私は主の感情そのものを抑えていた……それは不要と考えたからだ。しかし主はことあるごとに強い感情の発露を見せようとした。そして、その時の力も普段より強い】

 『律令』は考え込んでいる。

【感情を不要と思ったのは、それこそが苦しみの源であると考えたからだ。ならば一定で安定させればよかった】
「けれど……そうはならなかった」
【主は私が想像していたよりも、ずっと人間だった】

 その真偽は今のところ分からない。

【主よ、すまなかったな】
「……急に何を?」
【主をエターナルに選んだのは私だ。主の苦しみは私の責でもある】
「……それはきっと違う。俺は俺だから苦しんで、お前もお前だから苦しかったんだろう?」

 それはきっと……永遠とか有限に関係のない部分での話だ。

「俺たちは……そうやって生きるしかないんだ」
【そうだな……かくも生きるとは苦しきか】
「お前の場合は、ただの考え過ぎかもしれないが」

 限りない時間は限りない思考と尽きない疑問を『律令』に投げかけた。
 永遠という牢獄に、お互いに閉じこめられていたわけだ。

「『律令』。お前の意見を聞かせて欲しい」
【……あの女王のことだな?】
「ああ。俺は……アズマリアを初めから欺いていたのか?」

 あの段階でエターナルという記憶は完全に失われていた。
 出会いも俺の意図したことではない。
 それでも、何も知らない彼女に偽った事実は、確かにある。

【私にも答えられない。しかし、思うにアズマリアには支えが必要だった。あの娘は確かに強い娘だったのだろう……しかし、それとて限界はある。だから主よ。どう思うかは分からないが、お前は少しでもあの娘の力にはなれていたと思う。それを否定するというなら、それでもよかろう。だがランセル。私の知識とこの世界で関わった者たちを見ている限り……】

 『律令』は断じる。

【主がアズマリアに向けていた感情は、愛だ】
「……そう、か」

 俺の感情がこの際、何かは抜きにして……アズマリアはこの世界の平穏を願っていた。
 ならば、それに応えてやりたい。それが彼女の望みならば。





 そうして――俺たちは再び、永遠者として生きる。












 光の繭に亀裂が入った。
 直前に空から永遠神剣が落下して、繭にぶつかりそのまま取り込まれている。
 亀裂がさらに増える。白い光が漏れだして、それが周囲を包んだ。
 側にいたスピリットたちは慌てて目を閉じる。
 光が収まった時、繭は消えていた。そして彼女たちは見る。
 代わりに、そこにはランセルがいた。しかし、それまでの彼とは違う。
 まず神剣が違う。直剣なのに変わりないが、剣身の長さは伸びている。そして指を防護するためのナックルガードも消失していた。
 剣身には紋が刻まれている。それはむしろ系統樹を連想させた。
 そして一番の変化は彼の服装だ。
 長衣を纏っている。色は濃紺で襟は詰められていた。長衣の襟元から下には規則的にボタンが並んでいる。
 そして手足も完全に長衣で包まれていて、袖口は手首よりも先にあった。長衣の腰から下は後ろに向けて膨らんでいる。
 その場にいたスピリットたちは知らないが、それはスータンと呼ばれる衣服によく似ていた。
 ランセルは一息。目を開き、その場にいたスピリットたちと目を合わせていく。
 そうして最後に、アリカと目を合わせる。
 彼女は他の誰よりも彼の近くにいた。





 この状況をどう言い表せばいいのかよく分からない。
 おそらく、それは周りのスピリットたちも同じだと思うが。最後に目を合わせたアリカは座り込んで、少し泣いていた。
 またやってしまった。そういうつもりは、まったくないのに。

「……ランセル?」
「ああ」
「……本当に? 生きてるの?」
「本当で、生きてる」

 彼女の手を取って立たせる。幽霊は透ける、という認識は案外どこの世界でも見られる。

「触れるだろ?」

 アリカは少し惚けていたようだが、やがてはっきりと意識を取り戻す。
 そして、怒り出した。

「どうして自分一人だけでエターナルと戦おうとしたんですか! そんなに私たちが信用ならないんですか! それに約束もすぐに破ってしまう!」

 早口に捲し立てられる。
 ……こう言ったらさらに怒られそうだが、何故か嬉しく思えてしまう。
 彼女は俺のために、本気で怒っている。

「アリカ……」
「だ、大体、そんな変な格好して!」
「変な……?」

 自分の格好に目をやる。『律令』に選ばれた時に勝手に現れた服装だが、しかし。

「この服装、割と気に入ってるんだが……」
「そんなの知りません!」

 困った話だ。それが表情に出たのか、アリカは少し大人しくなった。

「言いたいことはたくさんありますけど……」
「感動の再会中に申し訳ないですがね」

 アリカの言葉はメダリオの声によって封じられる。皆が一斉にメダリオへと向き直り構えるが、メダリオの視線は俺だけを見ていた。

「本当にエターナルだったんですね……一度ぐらい殺せば、正体を現わすとは聞かされていましたが」
「法皇からはほとんど何も聞かされてなかったのか?」

 メダリオは答えない。代わりに、不愉快そうな顔をした。
 少し、察する。確証はないが、メダリオと法皇との関係を。
 メダリオの表情から歪みが消えて、代わりに笑みへと変わる。

「こうしてあなたと顔を合わせたのは初めてですね、同胞。法皇テムオリンの寵を受けながら、それを裏切ったエターナル」

 ……寵を受けた?

「そういう解釈もあるのか」
「……どういう意味です?」
「お前が何も分かってないってことだよ、水月の双剣」

 法皇テムオリンを、まったく分かっていない。
 それならそれでいい。そんなのは大した問題じゃない。

「俺をエターナルに戻したのは……もう一度、そちらに就けという解釈でいいのか?」
「無論です。主、テムオリンは寛大なお方だ……あなたの過去の行いを水に流した上で、こちらの陣営に来て欲しいと仰っている。ロウエターナルとして遍く世界をマナへ還すために。全ての永遠神剣のために」

 場がざわめいていた。戸惑いが広がっているのが分かる。
 ロウエターナルは、彼女たちの敵に他ならない。
 それよりも、メダリオの言葉はどこまでが本当だろうか。
 『律令』が私感を述べてくる。

【多少の制裁は覚悟せねばなるまいが、我らをもう一度味方に加えたいのも確かだろう。あながち嘘として斬り捨てられぬ】

 買われたものだ。手駒は多いに越したことがない、か。

「ランセル……」

 アリカが俺を見上げていた。
 気休めの言葉は、要らない。

「その提案は受け入れられない……何より、お前は忘れている。貴様が、一体誰を殺めたのかを」
「なら交渉は決裂ですね」

 メダリオはいくらか愉しそうに言う。寵を受けた……嫉妬の類か。

「恩情を拒否した場合は排除せよ……それが法皇のご意志です」
「意見は一致したわけだ……離れてろ、アリカ」

 ミニオンたちも動き出す。こちらを包囲する動きは俺だけに向けてではない。
 メダリオとの戦いに集中しながら、一人で全てのミニオンを同時に排除するのは無理だ。

「みんな、俺は君たちを信じていいのか?」

 スピリットたちに、問う。

「いきなり勝手なことを言っているとは思う。けれど……俺は信じていいのか? そして、みんなはまだ俺を信じるのか?」

 エターナルであった俺を。自己を偽りで固めていた俺を。

「……今までだってずっと一緒に戦ってきたじゃないですか!」
「そうですよ〜。お姉さんたちはランセル様が信じられるのを知っています〜」

 ヒミカとハリオンがそう答える。後に続くのは、賛意の声。
 そしてアリカの小さな声が聞こえてきた。

「私はあなたを信じます……あなたが大切だから」

 泣きたい、という気持ちは今を形容するのかもしれない。
 しかしその感情は『律令』に抑えさせる。かけがえのないものが、ここに在る。
 これが、俺の戦う理由であり答え。

「そのような、いずれは消える縁がそんなに惜しいですか」
「そうだ。大切で大切でたまらない。だから、こんな形で失われるなんて、耐えられない」

 だから剣を取る。俺は間違いだらけかもしれない。それでも、ここに在るものは守りたかった。

「元は秩序の永遠者が一人、法官ランセル。相手をしよう」

 力を展開する。力は白い光へと変わって、スピリットたちを包む。
 以前とは違い、今度はマナをちゃんと操れた。
 白は、全ての色に混じり、全ての色に染められる。場所を選ばずに存在できた。
 故に、この力は。自分以外の誰かのために在ったのかもしれない。

「この身は剣であり盾であり、天秤である。響け、神剣たち」

 甲高い音が鳴った。同時に周りのスピリットたちが持つ神剣の力が増幅される。
 原理はマロリガンとの決戦で見られたという、特定の固有振動数を持つ神剣を場に共鳴させて力を増幅させるのと同じだ。
 違うのは、それぞれの神剣に適合する振動を可能な限り、『律令』が与えている点。
 彼女たちへの負担も緩和できるが、効果時間はそれほど長くない。だから早くメダリオを倒す必要がある。

「体は大丈夫なの……?」
「……負担も少しはあるが、自然なものだ。それより持続している間にミニオンを頼む。メダリオとその前にいるミニオンは俺がやる」
「分かったけど……負けないで」
「今度は条件も同じなんだ――遅れは取らない」

 一息。感覚のずれは修正されている。この身は永遠者で、担うは上位永遠神剣。今までとは、違う。
 右手に『律令』を、左手には紋が浮かび上がっている。本来の戦い方を、思い出していく。
 踏み出す。同時に足下をオーラフォトンで踏み固める。エターナルの身体能力での踏み込みを支える意味もあるが、それだけではない。
 進行方向に、それぞれの位置を見いだす。
 空を蹴る。足場は何も大地に沿う必要がない。目に見える場所全てが、道だ。
 頭を抑える形で、先頭のミニオン群に突入する。そのことごとくを『律令』の間合いにはいると同時に消滅させる。
 苦戦していたはずのミニオンが相手にならなかった。もっとも、エターナルならこの程度はやれなければ話にならない。
 前に進む俺に向かい、左右からミニオンが挟み込んでくる。
 左手を左から右へ振るう。ミニオンが壁に激突したように止まった。
 マナをオーラフォトンに変え、盾として張り巡らせたためだ。体を横へと切り返し、立て続けに左右のミニオンを撃破する。
 ミニオンはすでに脅威ではなくなっていた。

「メダリオ!」

 ミニオンを無視して一気に間合いを詰める。メダリオは真っ向から迎え撃ってきた。
 上から下、左から右へと交差するように『流転』が振るわれる。
 上からの剣を『律令』で受け、横からの剣は左手で弾く。
 メダリオは瞬時に離脱していた。

「右手の神剣と、左手はマナを扱うためのものですか……」

 答えずに左の指を曲げては開く。メダリオの認識は正しい。
 左手を中心にオーラフォトンを発生させていたのは確かだから。

「その二刀流のような戦い方とは違うが……対応するには問題ない」

 踏み込む。下から潜り込むように『律令』を叩きつけていく。
 単純に一撃の剣速や鋭さならメダリオのそれよりも勝っている。
 しかし、相手の得物は二本。迂闊に近づくのも危険だった。
 互いの剣が相手を屠ろうとぶつかり合う。その戦いに他の者は立ち入れない。
 メダリオに加勢しようとしたミニオンが近づくなり切り裂かれた。
 どちらとも言えない剣が、ミニオンを巻き込んでいたからだ。
 それでも俺とメダリオ、どちらにも傷を負わせるに至らない。
 俺の攻撃も届かないが、メダリオの攻撃もまた阻まれている。

「生まれたての分際でこの僕に……」

 メダリオから余裕が消え初めている。態度や口調が崩れてきていた。

「生まれたてではなく、戻りたてだ。言葉に気をつけてもらおうか」

 互いに弾き合う。
 大丈夫だ。決定打こそ与えていないが、負ける相手ではない。
 その時になって、メダリオの後ろからイオとウルカ、セリアが向かってきているのが見えた。
 メダリオの動きを警戒しつつ、そちらへと回り込む。
 そのままにしていると危険だと思えたからだ。

「ランセル様……?」
「話は後だ。今はそれ以上前に出るな」

 メダリオが『流転』に力を収束させていた。
 何かが来る。おそらくは神剣魔法に近いものが。
 突如、メダリオの周囲から水柱が吹き上がった。その数は二十や三十は下らない。
 その水柱が鎌首を持ち上げるように動いた。狙いは、俺たち四人。

「マナよ、光に変われ!」

 オーラフォトンを障壁として周囲に展開する。
 水柱が一斉に飛びかかってきた。高圧縮された水は槍のような鋭さだった。
 オーラフォトンがそれを阻んでいく。四方で水がしぶきながら、障壁を打ちつける高音が響く。
 特に正面からの攻勢が強い。その理由はすぐに分かった。
 メダリオだ。水槍との同時連携。直接障壁をこじ開けようとしている。
 正面の障壁が破られた。メダリオが『流転』を胸元で交差させた体勢で突っ込んでくる。
 水槍は未だに周囲から迫っている。前に飛び出す。
 周囲へのオーラフォトンを緩めずに、正面からメダリオと剣を合わせる。
 無数の打ち合いが繰り広げられる。一本の剣が二本の剣を同時に防ぎ、寄せつけない。
 しかし、その均衡も破れる。水槍が腹部を二本、右の脹ら脛を一本が貫いていく。
 同時にこちらも攻撃に出ていた。『律令』がメダリオの眉間を斬りつけている。しかし、浅い。
 だがメダリオは退いた。水槍の攻撃も止まっている。
 メダリオは声を上げて、左手で顔を押さえていた。その手の間からは鮮血が滴っている。その血は、赤くない。

「よくも……よくも、僕の顔に傷を! お前なんかが僕を傷物にするだなんて!」

 無視、する。奴の戯言に興味はない。
 『律令』を構える。もう、同じ手は食わない。
 メダリオの左目は手で隠れ、右目だけがこちらを覗いている。虚仮威しの形相は通じない。
 右手だけで『流転』を構えたが、すぐに剣を下ろした。

【……法皇が撤退するよう命令したのだろうな】
(おそらくな)

 でなければ、とても下がるような顔つきではない。悪意に塗れた視線をぶつけてくる。

「この傷の礼は……必ずさせてもらいますよ」

 そう言い残してメダリオは消えていった。残っていたミニオンも同様だ。
 とりあえずの脅威は去ったらしい。

「ランセル様?」

 後ろを振り返るとイオたちが俺を見ていた。
 そう言えば、この三人は詳しい事情を知らないのか。

「まずは無事で何よりだ。俺は……とりあえずエターナルだったんだ」

 事情をかいつまんで説明する。
 とりあえず、自分がエターナルであったのと、結果的にロウエターナルと敵対したことは伝える。

「法官ランセル……なんか、気取った名前ですね」

 セリアが呆れたようにそんなことを言う。それに関しては、しきたりのようなものとしか言えないが。

「とりあえず、あなたがエターナルで昔はロウエターナルにいたのも分かりました」

 否定できない。理由も事情も関係なしに、過去を修正することは適わない。

「ですが、今のあなたは私たちの知るランセルと同一。それでいいんですね?」
「……たぶん」
「なら問題はないでしょう。改めてよろしく、でしょうか?」





 そうして俺は変わらず、ラキオスという国に身を寄せる。










44話、了





2007年7月6日 掲載。

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